ビギナーズラック~純金箔に挑戦~2020年06月22日 12:28

小口装飾 天金
鋭意製作中の本がある。柳田國男の『先祖の話』という本の改装本(ばらして組み直し)に取り掛かっている。題名だけで選んだので、本の中身について分からないままの装丁だが、本の帯には
「ご先祖様はスゴイ! 家族の健全な幸せは先祖を祭ることと説く本書は現代社会に見失われた生と死の尊厳を回復する警鐘の書でもある。死者は33年後には祖霊となり、氏神様となって子孫を見守り悩み苦しみを加護するという日本の固有信仰を始めて体系的に解き明かした柳田『神観念』の総決算の書」
とあった。
こんなにスゴイ本なのだから、ご先祖様に敬意を表す意味でも本の小口(こぐち ページの側面部分)に金箔を施し豪華に改装したいと思った。
当ブログ2020年3月22日付「金ピカに変身~修復本で小口装飾~ 」で金の小口装飾をしたことを紹介したが、この時使用したのは本当の金箔ではなく、セロファンに色づけされたロール箔という既製品で1メートル300円程度のもので、謂わばニセモノ金付けであった。
今回は本物の金箔装飾がしたく製本工房の親方に相談した。親方は本当にするのか?と驚いた表情で言ったが、やりたい意志を伝えると、作業は中断できず最低連続2日かかると言われ有給休暇を取った。金箔の小口装飾は従来専門の職人や工場があって、製本工房も大概はそちらへ外注するとのことで、当製本工房内で金箔作業をするのは10年ぶりだそうだ。本の金付け側面は3か所あり、普通は天金(てんきん)と言って本の上部辺だけ金付けするのが多いらしいが私は、めい一杯贅沢に三方金(さんぽうきん 背表紙以外のページの全側面)にしたいと言ったら、更に驚かれた。
親方から事前に用意するものを次の通り指示された。
・純金箔10枚(1枚110ミリX110ミリ 相場は10枚で5000円)
・平飼いの卵の卵白と酢を混ぜたものを作業前日につくり一日寝かす
これは西洋中世から続く従来の装飾方法であった。お借りした作業道具は利便性確実性を駆使したアイデア満載の親方の手作りだった。
金付けをしたい本のページ側面が光ってコンコンと音がするくらいまで細かいやすりで磨ききったら金箔を乗せ、先端にメノウ石がついた棒でこするとピカピカに光ってくる。こすったときにもし金箔がはがれたら失敗なので、金箔をすべてはがし最初のやすり掛けの作業からし直す。1面当たり2層の金箔を付けるので、1層目の金箔をメノウ石で磨き終わったあと、乾いたらもう一度同じ作業を2層目に施す。2層目も順調に行けば1面当たり計約1枚半の金箔(750円程度)を使う。三方金なのでこれを3回繰り返す。
作業1日めは天候も良く、空気も程よく乾燥していたので、金箔の付きもよく順調に進んだ。3面のうち、前小口(まえこぐち)と地(ち 本の底辺)の2面の金付けが終わった。
工房アシスタントの女性は以前テンペラ画で毎日毎日金付けを4年間やったことがあるが、失敗の連続だったとのこと。卵の質、紙の質、天候などの相性・条件が複雑に絡み合って、一つとして同じ答えはないそうである。親方から1日めの私の作業は「ビギナーズラック」だと言われた。
作業2日めで最後の1面である天(てん 本の上部で一番目立つところ)にとりかかった。午前中に終わったらいいな、と思っていたが、2日目の天候は曇りで湿気もあり、金の乗りが殊更悪かった。初めて失敗し、2枚1000円を剥がし最初からやり直した。やり直したがやはり湿気と金箔の相性が読めず、メノウでこすると一部が薄くはがれた。気づいたら最後の1面で5時間を費やし夕方になっていた。
親方から「どうする?これで良しとして止めるか、後日もう一度やり直すか」と聞かれた。やり直すとしても今以上にうまくいく保証もない。親方の口ぶりは、工房でも10年ぶりだから、やり直しに最後まで付き合ってもいいぞ、という感じだった。その気持ちは大変有り難かったし、私自身もやり遂げたいという気持ちはあったのだが、このあとまだ続く表紙づくりの工程と自分自身の今の忍耐力を考え、「これで良しとします」と答えた。(添付写真参照)
1日めはビギナーズラックで乗り切れた金箔装飾だが、初心者の私にとって入口で一番難しかったのが金箔自体の扱いだった。自分の鼻息だけで簡単に吹っ飛んでしまうあんな軽い質量のデリケートな物質を扱ったのは生まれて初めてだった。金箔の扱い方(破らずに専用道具でつかんだり、持ち上げたり)の練習がもっとできればいいなと思ったが、なにせ1枚500円なので練習もままならない。本番を通して扱いに慣れていくしかない難しい材料だった。