2つ以上の理由 ― 2019年12月07日 19:40
人の人生、子供時代は子供なりに、大人になっても当然、毎日が選択の日々である。私も当然、日々の小さなことから、運命の分かれ道まで、様々なことで選択を迫られてきた。
自分が何かを決断するにあたって、最近「そういえば」と気づいたことがある。それは、何かをするかしないか迷ったときは、大体自分自身の中に2つ以上の理由が自然に頭に浮かんだら、それをする(もしくはしない)と決めていることだった。「2つ」というのがミソである。
例えば、天気が悪く、イベントに出かけようかどうか迷ったとき。
1つめ:今日行かなくてもそのイベントはいつでもいけるのか。あるいは今日しかないのか。→イベントは明日もある。
2つめ:天気はどうか。→今日より明日のほうが天気がいい。
結論:理由が2つそろったので、今日は止めて明日出かけよう。
といった具合だ。
当たり前と言えば当たり前なのだが、
理由が1つだけではまだ弱い。
知らず知らずのうちに2つめの理由が浮かんでくると、
「よし、決めた」と、選択への拠り所としている人生の後半である。
自分が何かを決断するにあたって、最近「そういえば」と気づいたことがある。それは、何かをするかしないか迷ったときは、大体自分自身の中に2つ以上の理由が自然に頭に浮かんだら、それをする(もしくはしない)と決めていることだった。「2つ」というのがミソである。
例えば、天気が悪く、イベントに出かけようかどうか迷ったとき。
1つめ:今日行かなくてもそのイベントはいつでもいけるのか。あるいは今日しかないのか。→イベントは明日もある。
2つめ:天気はどうか。→今日より明日のほうが天気がいい。
結論:理由が2つそろったので、今日は止めて明日出かけよう。
といった具合だ。
当たり前と言えば当たり前なのだが、
理由が1つだけではまだ弱い。
知らず知らずのうちに2つめの理由が浮かんでくると、
「よし、決めた」と、選択への拠り所としている人生の後半である。
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