阿波踊りが始まる2023年08月12日 06:41

徳島県の阿波踊りが始まる。ナマで見るのは初めてだ。
徳島県の人々は、この日の為に、1年間鍛錬している。
「連」と呼ばれるグループを組織して、連ごとに踊る。男踊りは腰を低くしてがに股で進む。女踊りは背筋をしゅっとして細い腕をまっすぐ上げ、内股で進む。男踊り、女踊りで共通しているのは指先の美しさだ。
「踊るアホウに、見るアホウ、同じアホなら踊らにゃ損損」と言われ、
誰でも自由に飛び入り参加して踊れるが、美しく踊るにはやはり鍛錬が必要である。
聞くところによると、「連」の踊り手になりたかったら、まずスクワットを練習するらしい。これに耐えられなければ、踊りをさせてもらえない、
それくらい徳島県人は踊りにこだわりを持っている。

終わりよければすべてよし~All's well that ends well~2022年11月30日 23:05

 昨日から今日にかけて不運な出来事が続いた。
まずは、夜中突然、左目が激しく痛みはじめ、痛すぎて眼が開かない。それでも睡魔に勝てずそのまま寝付いた。
朝になって多少眼は開いたが、まだ眼頭にゴロゴロ感があって、出勤前に近所の眼科に行こうと支度をした。
「あれ?社員証が入ったパスケースが見当たらない」
いつもは定期券や家の鍵と同じフックに掛けているのだが無い。前の日に持っていたカバンやコートのポケットも探してみたがない。
仕方ないと、気持ちを振り切って目の痛みを抑えながら眼科に出かけた。
 医院に行って痛みを感じる目頭のまぶたをめくって見てもらったら、眼の中ならビーズのような異物があると医師が取り出してくれた。異物が無くなるとあれだけゴロゴロ感があった目の痛みが、ケロッと治った。

 さあ、次は見当たらない社員証だ。
前日は退勤後、中国語の夜間クラスに行っていたので、拾得があるとすれば、学校の教室か帰りの電車しかない。
まずは、会社へ向かうためにいつもの駅の改札に行き、ダメもとで聞いてみた。
「前日の21時ごろ乗車したのですが、社員証の拾得は有りませんでしたか?」
駅員がパソコンを叩き始める。何かメモしながら私に尋ねた。
「あなたのお名前は?○○会社の方ですか?」
内心『あった!』と思いながら、名前と会社名を伝えた。
「社員証でしたら○○駅に北口改札で保管しています」
会社に遅刻してもいけないので、退勤後に○○駅まで取りに行こうと決め、駅員にお礼を言って、取り急ぎ会社に向かった。
うちの会社のビルは入り口で社員証をかざすと自動ゲートが開くシステムだ。社員証を持たないものは、職場の同僚を受付で呼び出し下りてきてもらい、立ち会って臨時パスを発行してもらうという手間がかかる。
自動ゲートまで来て、同僚に下りてきてもらおうために連絡しようとしたら、ちょうど、いつも出社時間ぎりぎり、もしくは遅刻をする同僚が受付を通りかかった。
 渡りに船だ!今日こそはよくぞいつものように遅刻してくれたと感謝。
一緒に立ち会ってもらい、臨時パスをいただき、一緒にオフィスに上がった。

 前日から、眼が痛みで開かなくなり、社員証も無くすという不運に見舞われたが、翌日には眼から異物を取り除きすっきり、紛失した社員証も駅に届けられ、出社時もちょうどいつも遅刻する同僚にちょうど出くわし、定時出社できた。
「終わりよければすべてよし」
シェークスピアのタイトルを思い出しながら、神様の按排に感謝した。

安倍さんに弔意を捧げる2022年09月27日 23:05

会社を休んで故安倍晋三元首相の国葬献花に行ってきた。 駅前の花屋で「献花目的」と伝えると店主もどこへ行くのかわかっているかのうように「いってらっしゃい」と声をかけて送り出してくれた。

安倍さんが暗殺されてからこの2カ月、「国葬反対」「費用をいくらかけるつもりか」「自分は招待されても国葬には参加しない」宣言など、巷はガヤついていた。

日本では、故人は仏様なのだから、仏様の祀りごとに、費用をかけるなだの、参列しないだの、下品にも程がある。こういう人たちに限って普段から自由と権利を主張する割には、祈りたいと思う人の思想信条を否定しようとする。

お昼頃に九段下に到着すると、終戦の日ほどではないが喪服を着て花を手にした多くの人々が靖国神社に参拝していた。私も安倍さんに献花する前に靖国神社に立ち寄った。首相時代に1度参拝した後アメリカからの圧力を受け、その後尻込みして一切参拝しなかった安倍さんの代わりにだ。

神社参拝後、献花の最後列に並ぼうと思ったら、地下鉄ふた駅先まで40分近く歩かされ、途中心が折れそうになりながら、やっとたどり着いた最後尾から並びはじめた。安倍さんに弔意を示そうと駆け付けた想定以上の多くの老若男女が大小さまざま仏花を手に炎天下静かに並ぶ。前後の人に助けられながらならぶ赤子を抱えた若いお母さんもいた。献花台にある安倍さんの遺影を拝めたときには、2時間経っていた。

九段坂下公園の献花台に近付いてくると、静寂の中、遠くのほうで拡声器でギャーギャーがなり立てる女の声が聞こえてくる。国葬反対の奴らだろう。どこまで執念深いのか。仏様に手も合わせられない、死んだ人の墓まであばいて死体に鞭打つようなどこぞの隣国の精神性に似ていて気味が悪い。

政治家という職業はなろうと思えば誰でも手を上げられるが、本当の政治家であり続けることは相当の精神力と行動力がないと誰もができるものではない。色々物足りないこともあったが、在任中は大変な孤独感の中で首相の責務を全うした安倍さん、有難うございました。あなたの功績は今日献花で全国から駆け付けた人々の数が証明したと思います。安らかにお眠りください。

自分が試された2日間2022年07月24日 21:53

この週末の2日間、自分が試される3つの局面があった。
ひとつめ。
カフェでモーニングセットを頼み、飲み物だけ先にもらい、サンドイッチを立ったまま待っていた。数分して出来上がり店員から「お待たせしました」とカウンター越しに出され、取るのに手を伸ばしたところ、方向が悪かったようで先にもらっていた飲み物が倒れ、全部こぼれた。
お金を払った飲み物を飲む前に自分でこぼしたのは初めてだった。当然商品を消費者が受け取った後の消費者の「過失」なので、「カウンターにこぼしました、済みません」と言って、こぼれた後の空っぽのグラスを差し出した。運が悪かったと思って飲み物をもう一度買いなおすか、それも癪だな、と思っていたら、店員さんが「お召し物は汚れませんでしたか」と言って無料で新しく飲み物を作ってくれた。実は心の中で店員の反応を試してみた自分もあったが、「恐れ入ます」と言って有り難く頂いた。

ふたつめ。
外出先へ急ぐのに山手線の池袋駅に下りた途端に、ホームにPASMOが入ったパスケースが落ちているのに気づいた。先に下りた前の乗客も通り過ぎた後、私の目にそれが飛び込んできた。先を急いでいたのだが、その境遇を自分に置き換えた時の無くした人の不便さ、第三者が拾得して悪用することの可能性が頭をよぎり、人混みの中、身をかがめて拾った。駅の改札の案内所まで階段をかけ上がり、「14番線に落ちていました」と言って置いてきた。

みっつめ。
 牛丼屋で朝食を摂ろうと店先まで行ったら、脇の路地の角で変な動きをするホームレス風の男性がいた。炎天下だったし一旦店にはいり朝食を摂っていたが、その男性が店のガラス越しから嫌でも目に入ってくる。
 男性は、身体全体が麻痺しているようで身体をよじりながら、腰を曲げてゆらゆらしている。仕舞には地べたに座り込んで自動販売機の前で身もだえている様子だった。黄色いTシャツを着ているが、なぜかインドの僧侶のように灰色の布きれを肩で結んで羽織っている。布きれの下から見えるズボンの膝は擦り切れて中の脚が見える。
 その男性がいるのは商店街の脇の路地道なのだが、往来するもの老若男女誰一人その男性を気にかけたり、目を向ける者さえいない。あたかもそこには誰も、何も存在していないが如く普通に通り過ぎる。もしやあの男性が見えるのは私だけなのかと錯覚するくらい、誰もが無関心だった。炎天下のアスファルトの暑い地べたに座り込み、身もだえながら自動販売機に手を入れたり下をのぞき込んだりしているが、健康な人の動きではない。
 同じ世の中に生を受け、人の人生それぞれあるが、片や空調の効いた店内で朝食を食べる自分と、炎天下で不自由な体を揺らしながらアスファルトの地べたに座って身もだえている男性、それを考えると急に朝食が喉を通らなくなった。「このまま食べ続けるわけにいかない」と思った。
 普通のホームレスの人なら、それぞれの生き方もあるし、干渉することもないのだが、その男性をみていると、あの体でどうやってそれまで生きてきたのか、これからも大丈夫なのか、いや、これからどころか、この後、この日一日このままで生きていけるのか想像もつかなかったし、このままでは熱中症でいき倒れになるのではないかとさえ思った。
 朝食を途中でやめて、そのまま近くの交番に相談に行った。「地べたに座ったホームレス風の方がいる。身体が麻痺しているみたいであのままでは熱中症になるのではないかと心配で」と相談したら、警官から「倒れているなら交番じゃなくて、119番してもらっていいんですよ」と言われた。『慢性的な病状で、意識もある、倒れているわけではない』と思って黙っていたら、警官は「ちょっと自転車で見にいってみますよ」と、相談に応じてくれた。
 顛末が気になって、警官の自転車の後ろから、その商店街の方向についていった。商店街の入り口まできたら、警官がキョロキョロしているので、「お巡りさん、こちらです」と後ろから自転車を追い越して、先導した。
路地までくると、あれだけ10分以上身もだえいしていた男性が路地から忽然と消えていた。
 「ここにいたんですが・・・」というと、警官は路地の奥まで入っていた。その時、対面のスーパーの入り口で、路地から大通りに出て、やっぱり身もだえしている男性を見つけた。警官に「今スーパーの入り口にいるあの方です」と教えた。警官は男性に声を掛けてくれた。その間に私はスーパーに入り、冷えた水のペットボトルを一本買った。水は財布にあったバラ銭95円ぴったりだった。
 店を出るとお巡りさんはいなくなっており、男性だけがスーパーの入り口に身もだえしながら座っていたので、買った水の蓋を先に開けて、「どうぞ」と言って差し出した。男性は「ありがとう」と言って手を開いて握っていた110円の小銭を私に差出したが、そんなお金はもらえるはずもなく「いいですよ」と言って私はその場を去った。
 すると警官がどこからともなく私のほうによってきて「聞いたらこの近くに住んでいて家もあるようですから」と教えてくれた。本当に家があるのかどうかも分からない恰好だったが、とりあえず、生きるすべは持っているようだということが分かり安心した。警官に「有難うございました」と言って別れた。
 人が意識もなく倒れていれば当然119番はするが、あのホームレス風の方を目にした時に「人としてどうすべきか」という考えに直面してなにもせずにはいられなかった。かといって、私が関われること、できることも限られる。
実に天から自分が試された2日間であった。

淡路島が兵庫県であること2022年03月23日 14:23

江戸時代は阿波の蜂須賀藩領地の一国だった淡路島。それが廃藩置県の時に、淡路島は徳島県ではなく、兵庫県に組み込まれた。そのきっかけにもなったのが庚午事変である。

阿波蜂須賀藩の筆頭家老の稲田家が1609年に淡路島支配を任されて以来、大政奉還までの約250年間、大名並みの石高を誇る淡路を支配し、洲本城城代として勤めてきた。

徳川家と深いつながりのある阿波藩に対して、朝廷とのつながりを深めていった家老稲田家。その亀裂が表面化したのが明治3年の「庚午事変」(稲田騒動)であった。

明治維新後、秩禄処分によって士族に編入されなかった稲田家臣が、阿波藩からの分藩独立を明治政府に願い出た。この動きに阿波藩藩士が反発し、1870年明治3年に、阿波藩士が稲田氏邸宅や稲田家臣の屋敷を襲撃し、死者17名、重軽傷者20名を数え、多数の屋敷が焼失し、貴重な資料もすべて灰となった。これが庚午事変であり、事件を先導した阿波藩士は切腹、稲田氏とその家臣は北海道へ移住開拓命令が下った。

洲本市内には稲田家歴代当主の墓や招魂碑が菩提寺にあるが、庚午事変後も何者かに石が投げられたりして、阿波と淡路の確執は続いていた。

これ以上の「内部」確執を避ける意味もあってか、廃藩置県の際に、淡路島を徳島県には組み込まず、兵庫県に組み込んだと思われる。 私の実家の裏は、昔切腹、首切りの場になっていて「稲田家の恨み」が今でも残っている、だから町内は皆、男主人が先に亡くなり、未亡人の家ばかりだ、と亡くなった父が生前よく言っていた。そう言っていた父も先立ち母が残され、確かにうちの家の周りはみな未亡人の家ばかりだ。

山灯籠完成時(大正時代)

洲本市内にある益習館:稲田家の西別荘で私塾として使われた。そこの庭園が国指定名勝になっており、明治維新の際には西郷隆盛や大久保利通も立ち寄って滞在したと言われている。

益習館庭園

現在の益習館庭園 石燈籠の大きさが圧巻

風邪を診てくれない内科2022年03月02日 20:08

先週末あたりから喉がひりひりしてきて、身体の節々も痛くなってきた。毎年かかるひき始めの風邪だと思い、以前処方されて一日分残っていた薬を飲んだ。喉の痛みはそれで多少軽くなったが、早く治したくて近所の耳鼻科に行った。咳止めと抗炎症剤を処方してもらい、喉の痛みはましになったが、身体の節々が依然として痛くてだるい。胃腸もきりきりする感じなので、内科にかかったほうがいいかと思い、職場近くのいきつけの内科に電話した。
受付嬢「どうされました」

私「先週末から喉が痛くなって近くの耳鼻科で喉と咳の薬を処方してもらったのですが、身体の節々がいたいので診てもらおうかと思いまして」

受付嬢「熱はありますか、普段何度ですか、今朝も測りましたか」

私「熱はありません。今朝も測って36.3度です」

受付嬢「ワクチンは打ちましたか、以前コロナにかかったことありますか?職場で調子悪い人、濃厚接触者いませんか?」

私「ワクチンは1度も受けていません。職場も調子の悪い人はいません」

受付嬢「(PCR)検査を受ける意志はありますか?」

私「ありません」

受付嬢「今日は自宅ですか」

私「いえ、出社しています。在宅の事もあるし出社の事もありますが特に寄り道することも大きなイベントに参加することもなく自宅と会社の往復です」

受付嬢「ええ?今日は会社にいるのですか?出社していいんですか。会社と相談して、ご自宅の近くの医院か先日処方してもらった耳鼻科にいったほうがいいです」

というわけで、風邪の症状を訴えたら、出社しないほうがいいという。診察もしてないのに、あれこれ指図して暗に受診で来るなと言われた。
これまで2~3年お世話になっていた職場近くの内科で、ホームページのうたい文句でも、「地元に根付いて皆様のかかりつけ医として」なんて書いてあるのに、風邪の症状すら見てくれない内科、日本の開業医はここまで判断力がつかなくなったのか、エライ世の中になったものだと思った。こんなことだと、診察拒否で、コロナでなくて風邪を診てもらえなくて死ぬ人が出てもおかしくない。
こうなったら自己免疫力で治すか、ちゃんと患者と向き合ってくれる医者を探すしかない。

長居無用の店2022年02月05日 20:25

 以前、現金を触るその素手でとんかつをつかんで揚げる店を紹介した。
http://onokorojima.asablo.jp/blog/2021/12/04/9445455

 コロナ禍で飲食店も大変だろうからと、外出したらできるだけ外食するようにしているが、今回も1軒、不愉快だった飲食店を紹介する。

 いつものお稽古ごとの帰り道夕食で初めて立ち寄ったこだわりハンバーグ専門店だ。コロナ禍で店内はガラガラだったがカウンターへ通される。
注文のジャンボハンバーグが出てくるまで5分程度の間、お稽古事で習った内容を忘れないようにノートに書き留めていた。ハンバーグをいただいてから、お替りでもらった2杯目の水を飲みながら、さきほどの備忘録の続きを書き始めて5分も経たないうちに、オープンキッチンにいた店主が私の後ろまでやってきた。
「ここでお仕事お勉強はやめてください」
店主が私を叱ったのだ。
ハンバーグを食べたあとも水一杯で1時間も2時間も粘っているならわかるが、食べ終わったばかりで水を飲みながら消化の時間も兼ねてノートにメモの続きを書いていただけ、入店してから食べ終わって店主に叱られて退店までが25分足らずの出来事だった。
 ノートに何か書くのが仕事・勉強と見なされ禁止するのに、スマホをいじるのなら長時間でも叱られなかったのか?
 また、何であれとにかく長居されるのが嫌なら、食後5分以内で客を叱るのはタイミングが早すぎる。状況を見極めてから客に注意すべきだ。
 度が過ぎたマイルールの飲食店、せっかくの美味しかったハンバーグが吹っ飛んで、店をあとにした。

充満する孤独感と閉塞感2022年01月16日 18:36

ネットニュースを見ていると最近いやに人身事故が多い気きがして、人身事故データサイトを検索した。見ると、今年に入ってまだ半月の間に、全国で35件人身事故が発生し、京急電鉄に至っては半月で4件発生し路線別で全国1位となっている。(令和4年1月16日現在)

人身事故データ

警察庁発表自殺者数

また、芸能人が自殺したり、放火や毒物で他人を道連れに死ぬもの、同居家族を殺すなど、状況についても衝撃的なものばかりである。

もともとデフレ不景気も相まって殺伐とした世の中であるが、武漢肺炎以降職場、家庭、アフターファイブでも人為的に人との関係を断ち切ることを余儀なくされ、私のような普通に恵まれている者でも、このままこんなことをしていたら体力的にも精神的にもおかしくなるのではないかと感じる時期があった。従って職を失ったり、もともと経済的にも家庭環境も辛い立場の人の武漢肺炎後の苦痛は計り知れない。

武漢肺炎直後には近くの公園で急にブルーシートが増えた(ホームレスが増えた)と聞いていたが、今はその人たちの姿すらない。

一方でNHKがまとめた「新型コロナ」のこれまでの感染者数と死亡者数の累計がある。この約3年間に感染(単なる陽性者も含むと思われる)が185万人、そのうち亡くなった方が1万人。1万人というと多いように思うが、単純化すれば感染者185人のうち亡くなるのはたった1人というのが実態ではないのか。

新型コロナ死亡者累計

また、これまで毎年やってくる新型インフルエンザが例年国内で1000万人罹ってうち1万人が亡くなるということだから、武漢肺炎の3年間で1万人死亡と比率を1年単位で比較すると、インフルエンザの三分の一の死亡者数に留まっている。

ということは、こんな病気の為に生活習慣や人とのつながりまで変えようとしているのは、人間が神から与えられた大事な時間の中で何とももったいない話で、人間のほうが覚悟を決めて早く日常を取り戻したほうがいい、というのが私の結論である。

無駄に生きるか、何かのために死ぬか2022年01月09日 15:50

硫黄島東海岸をあるくばばさん(左)

 硫黄島でお世話になったひとりである愛知県のばばさんが50歳の若さで年末に亡くなったことを知った。

 ばばさんの訃報を報じる記事

 元アマチュアプロレスラーでイタリアンのシェフでもある彼は、これまでの私の交友関係にはない経歴であるばかりでなく、プロレスを楽しみにしている地元の子供達や硫黄島で増えすぎた野良猫の話をする彼はまっすぐで心優しい人だった。

 その数か月後、彼が硫黄島から引き揚げてきたその日に首都圏在住の仲間の一人として声をかけてもらい池袋で帰還の宴に参加したのが彼と会った最後だった。

 彼のツイッターをときどき覗いていたが、この11月になって久々にツイートを覗いてみると体調が良くない様子であることを知った。

 ばばさんのツイッター

 12月26日になって、「入院した」と病床の写真をツイッターにアップしていた。久々にばばさんの様子を見て、こちらは勝手にまだまだ「戦える」と思っていたが、周りが思う以上にご本人は気力で持ちこたえていたのだろう、その4日後に亡くなったことを知った。

彼が亡くなる3日前につぶやいたのが、 「無駄に生きるか、何かのために死ぬか」であった。
Inoki Bom-Ba-Ye (Theme of Antonio Inoki) アントニオ猪木を聞きながら最後まで戦ったばばさん、本当にお疲れ様でした。私も気持ちを引き締めて、頑張ります。

 ばばさんのYOUTUBE

念願だった硫黄島食堂

硫黄島食堂看板

硫黄島食堂 また逢う日まで

硫黄島食堂 また逢う日まで

春の七草セットを買う2022年01月07日 19:39

 帰省先から上京する途中のJA産直市場で春の七草セットを見つけた。七種も入って100円。日本の物価デフレにも程がある。容器代と運送費、手間賃も出ないのではないかと心配になる。
 それでも沢山売れ残っていたので、3パック買った。帰宅したら早速おかゆを作ってみよう。

芹(せり)、薺(なずな)、御形(ごぎょう)、繁縷(はこべら)、仏座(ほとけのざ)、菘(すずな)、蘿蔔(すずしろ) 春の七草