「自由」と「平等」の矛盾 ― 2019年11月24日 00:30
『あるユダヤ人の懺悔~日本人に謝りたい』という本を読んだ。今から40年ほど前に出版されたのだが、著者、訳者は既に亡くなり、当時の出版社も倒産したため絶版になっていたのを、最近ある人が自費出版された本だった。
なぜ、著者のユダヤ人が日本人に謝りたいかというと、日本が敗戦後GHQに押し付けられた日本国憲法はユダヤ人が書いたもので、同じくユダヤ人が作ったドイツのワイマール憲法の丸写しだった。ユダヤ問題のない日本に同胞ユダヤ人が丸写し憲法を押し付けてしまって済まなかった、日本人は早くここから脱却してほしいという趣旨の本だった。
その中で著者が言ったある言葉が印象的だった。それは、日本国憲法にも美しくちりばめられ、高く掲げられている「自由」と「平等」。この2つの言葉は絶対両立しないということだ。確かにそうだ。気がつかなかった。
人は「自由」を求めれば「平等」であり得るはずがないし、
本当に「平等」でありたいなら共産主義のような社会が必要なのであって「自由」である限り「平等」は得られない。
では、なぜユダヤ人はこのような言葉をちりばめたのか。著者は言う。本当は矛盾するこれらの言葉も、ひとつひとつは耳に心地よく、ちりばめることにより憲法そのものも何となく正しいものだと思わせ、反論の余地を与えない効果を狙ったものだと。フランスの「自由」「平等」「博愛」も然り。国家を持てず、世界中で自由、平等を求めていたユダヤ人がフランス王政を倒すために仕掛けたフランス革命での叫びにも共通する。この両立しない2つの概念を、一見反論しにくい美しい言葉だからとあちらこちらにちりばめもっともらしくする、その程度のものが日本国憲法なのだ。
なぜ、著者のユダヤ人が日本人に謝りたいかというと、日本が敗戦後GHQに押し付けられた日本国憲法はユダヤ人が書いたもので、同じくユダヤ人が作ったドイツのワイマール憲法の丸写しだった。ユダヤ問題のない日本に同胞ユダヤ人が丸写し憲法を押し付けてしまって済まなかった、日本人は早くここから脱却してほしいという趣旨の本だった。
その中で著者が言ったある言葉が印象的だった。それは、日本国憲法にも美しくちりばめられ、高く掲げられている「自由」と「平等」。この2つの言葉は絶対両立しないということだ。確かにそうだ。気がつかなかった。
人は「自由」を求めれば「平等」であり得るはずがないし、
本当に「平等」でありたいなら共産主義のような社会が必要なのであって「自由」である限り「平等」は得られない。
では、なぜユダヤ人はこのような言葉をちりばめたのか。著者は言う。本当は矛盾するこれらの言葉も、ひとつひとつは耳に心地よく、ちりばめることにより憲法そのものも何となく正しいものだと思わせ、反論の余地を与えない効果を狙ったものだと。フランスの「自由」「平等」「博愛」も然り。国家を持てず、世界中で自由、平等を求めていたユダヤ人がフランス王政を倒すために仕掛けたフランス革命での叫びにも共通する。この両立しない2つの概念を、一見反論しにくい美しい言葉だからとあちらこちらにちりばめもっともらしくする、その程度のものが日本国憲法なのだ。
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