生きているのがつらくなる ― 2021年03月26日 13:15
以前一緒に仕事をしたことがあり、その後も20年来付き合いのあった友人から先日1年ぶりに話がしたいとメールがきた。胸騒ぎがした。ご両親の介護で派遣の勤め先を辞めたあと、3年前にお母さんを看取り、残されたお父さんの世話をしていたからだ。
連絡を取ると、お父さんが昨年末に亡くなられたとのことだった。お父さんは外交官で公使、大使も歴任されたキャリア官僚だった。定年後も身なりはダンディで矍鑠とされており、家族ぐるみで外出したり食事をご一緒する機会もあった。会えば、京大出の元外交官のお父さんを相手に政治談議になり、私の中国観や国家観に眼を細めて耳を傾けてくれていた。そのお父さんが亡くなられたのだ。自宅で具合が悪くなったが、世の中の武漢肺炎のせいで入院もままならず、最終的には救急車でかかりつけの病院へ入院できたが、親族の面会も制限される状況下で息を引き取られたとのことだった。私が最後に友人のお父さんにお会いしたのは、天皇陛下御即位の大嘗祭神殿を公開している期間だった。大嘗祭の神殿はすばらしかったから是非見にいってくださいと私に勧めてくれた。その時にご自身が作った短歌をその場で小さな紙に直筆で書いてくれ私に贈ってくれた。
『大嘗の祭りを終えて 御代いやさかえ 神代のことも思ひいづらめ』
この紙はそれ以来ずっと定期券入れで持ち歩いていた。
電話口の友人が涙声で続けて言った。お父さんを看取ったあと、自身もガンのステージ3の診断が出たという。最愛の肉親を亡くし、時には介護で疲れお父さんに辛く当たっていたことを今になって後悔し、その直後今度は自分がガンであることが分かった、罰が当たったんだと私に電話口で訴えた。
ご自宅は元外交官ということもあり広いタワーマンションで、分譲とはいえ毎月の管理費だけでも相当の額らしい。ご両親を亡くし、自らもこれから抗がん剤治療、更には待ってはくれない遺産手続きもあり、介護の為これまで無職だった友人の気持ちを考えると本当につらい。私が同じ立場だったら自分はどうなっているだろう。これまで「死んだらダメ、生きていればこそ何でもできる」と簡単に考えていたが、生きること自体がつらくなる境遇というのはこういうことなのかと感じる。
友人には最後の肉親である兄弟がいるので、まずは相談して支え合っていくように、私は他人だが出来ることは何でも手伝うので、必ず連絡をするようにと言って2時間の電話を終わった。友人の為に自分はどうすればいいか、毎日考えている。
連絡を取ると、お父さんが昨年末に亡くなられたとのことだった。お父さんは外交官で公使、大使も歴任されたキャリア官僚だった。定年後も身なりはダンディで矍鑠とされており、家族ぐるみで外出したり食事をご一緒する機会もあった。会えば、京大出の元外交官のお父さんを相手に政治談議になり、私の中国観や国家観に眼を細めて耳を傾けてくれていた。そのお父さんが亡くなられたのだ。自宅で具合が悪くなったが、世の中の武漢肺炎のせいで入院もままならず、最終的には救急車でかかりつけの病院へ入院できたが、親族の面会も制限される状況下で息を引き取られたとのことだった。私が最後に友人のお父さんにお会いしたのは、天皇陛下御即位の大嘗祭神殿を公開している期間だった。大嘗祭の神殿はすばらしかったから是非見にいってくださいと私に勧めてくれた。その時にご自身が作った短歌をその場で小さな紙に直筆で書いてくれ私に贈ってくれた。
『大嘗の祭りを終えて 御代いやさかえ 神代のことも思ひいづらめ』
この紙はそれ以来ずっと定期券入れで持ち歩いていた。
電話口の友人が涙声で続けて言った。お父さんを看取ったあと、自身もガンのステージ3の診断が出たという。最愛の肉親を亡くし、時には介護で疲れお父さんに辛く当たっていたことを今になって後悔し、その直後今度は自分がガンであることが分かった、罰が当たったんだと私に電話口で訴えた。
ご自宅は元外交官ということもあり広いタワーマンションで、分譲とはいえ毎月の管理費だけでも相当の額らしい。ご両親を亡くし、自らもこれから抗がん剤治療、更には待ってはくれない遺産手続きもあり、介護の為これまで無職だった友人の気持ちを考えると本当につらい。私が同じ立場だったら自分はどうなっているだろう。これまで「死んだらダメ、生きていればこそ何でもできる」と簡単に考えていたが、生きること自体がつらくなる境遇というのはこういうことなのかと感じる。
友人には最後の肉親である兄弟がいるので、まずは相談して支え合っていくように、私は他人だが出来ることは何でも手伝うので、必ず連絡をするようにと言って2時間の電話を終わった。友人の為に自分はどうすればいいか、毎日考えている。
最近のコメント