あのウイグルを取り戻せ2022年01月11日 22:00

ウイグル最西端カラクリ湖

海抜3600メートル パミール高原のカラクリ湖

 年末実家に戻ったときに、中国留学中の夏休みに撮ったウイグルの写真がふと見たくなってネガを探した。今は便利な時代になってネガを写真店に持って行くとDVDに焼き直してくれる。昔は想像だにしなかった優れた技術が出来たものだ。

 30年前に行ったトルファンやウルムチは既に漢民族が入り込んでいたが、それでも半分くらいはウイグル人が街を往来していた。更に西域のカシュガルになると、漢民族は1割程度で、私のような漢民族に似た顔の者のほうが街を歩くと彫りの深いウイグル人らの間で目立っていた。今はどれくらい漢族に浸食されてしまっているのか。

 私が行った30年前ウイグル人にはまだ笑顔があった、まだ自由があった。

カシュガルの街で ウイグル人が被る洒落た帽子がたくさん
カシュガルの街で 黄金に輝く衣装ケースを製作中

 カシュガルから一日車をチャーターした時の運転手はウイグル人のおじさんで、片言の中国語で私とふたりきりで、コミュニケーションを取りながら最西端のカラクリ湖まで珍道中をした。

 途中で、見知らぬ遊牧民のパオに立ち寄ってくれたり、車内で漢族の悪口を言ったりして楽しかった。

カラクリ湖の途中 遊牧民のパオを訪問
カラクリ湖の道中 羊飼いと出会う

 トルファンでも昔の日本のように、近所の子供らが集まって無邪気にワイワイ遊んだり、笑顔で踊りを見せてくれたりした。

木陰で休む子供たち トルファン
人懐っこく踊りを見せてくれる子供 トルファン

 当時私は民族学院に留学しており、学内には全国から少数民族が中央に集められ、将来地元に戻って中国共産党関連の機関で働く幹部となるべく教育を受けていた。そんな学校でさえも、漢族の先生が留学生である私に「ウイグル族やチベット族はいつも不良で常に悪いことを考えているから注意せねばならない」と諭していた。漢族の教師は中央当局からそういう風に刷り込まれていたのであろう。

 私自身が実際その後、ウイグルやチベットへ旅行したが、ウイグル人もチベット人も、それぞれの信仰をもった明るくまじめな人々ばかりだった。

カシュガル 香妃の墓
ウルムチ郊外天池近くで巡り合ったカザフ人のパオ

 今はチベット同様中国共産党に侵略され、30年前とは比べものにはならないくらいウイグル人には自由がなく、強姦、拷問、強制堕胎など人間として扱われていないと聞く。その一方で、日本政府が「対岸の火事」として対中非難決議を躊躇していることは、人を見殺しにすることと同じであり、我々自身が人として生きていくうえでの情や誇りまで失っているのではないか。

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