タチの悪い「借金取り」NHK ― 2021年12月03日 23:52
https://news.yahoo.co.jp/articles/f82bde02313ebe5a8c73d8c48461818bad0aa589
NHKのかねてからの主張は、法律を盾に、テレビのみならず、ワンセグやカーナビ等およそテレビ映像が映る機器を持っているすべての国内居住者は視聴料を払う義務があるというのだ。要するにNHKを見ようが見まいが関係ない、受信機を持っていれば一律に金を払えというのだ。
今の経済社会で、消費者は必要な物には料金を払うが、不要なものにまで支払い義務があるというのは時代錯誤も甚だしい。消費者にも選択肢を行使する権利があるはずだ。それを許さないのがNHKだ。
国からも予算を付けてもらい、住民からも視聴料を取り立てて、黙っていても数千億のあぶく銭が残り、それを職員で給与と経費で分け合う仕組みだ。
日本居住者はこの「借金取り立て」から法律上逃れらないことがこの度最高裁で示されたのだ。
そんなNHKにお金を払うのは癪だし、払わなければ「借金取り」からいつまでも眼を付けられ、場合によっては不払いで提訴される。
このままでは精神衛生上もよくないと、NHKとの関係を断ち切るためにとテレビを捨てて3年になる。いまはいわれのない「借金取り」からも解放され、のびのびと生活している。
とんかつ屋での衝撃 ― 2021年12月04日 19:26
暖簾をくぐると、調理服を着た大将が「手をアルコール消毒してください」と客が入ってくるたびに話しかける。更には調理助手のおばさんが検温器を持って近づいてきて体温を測る。初めての入店でせっかくなので2番目に高いひれかつ定食を頼んだ。
カウンター席に座ると、オープンキッチンなので大将がとんかつを揚げている作業や調理補助のおばさんの動きが丸見えだった。料理がでてくるまでしばらく時間がかかったので、カウンター越しに厨房の大将の動きを見ていた。
素手で生肉を冷蔵庫から取り出し、菜箸で溶いた生卵にくぐらせると、そのままパン粉に埋め込み、これまた素手で上から押してパン粉をつける。パン粉がつくとこれまた素手で油の中に豚肉を投入する。最後に揚げたカツを菜箸で取り出し油を切って盛り付ける。ここまでは良かったが、大将が作業する脇の台をふと見ると、金庫にも入れず、お札と釣銭準備金が剥きだしで置いてある。嫌な予感がした。
先に食べ終わった隣の客がカウンター越しに料金を支払うと、厨房の大将が釣銭トレーに素手で札を入れ、脇の準備金からこれまた素手で客にお釣りを渡した。そのあと大将がどうするかなと思って見ていたら、その手で後続の注文のカツにパン粉を付け調理を再開し始めた。
入店する客に執拗に「アルコールお願いします」と叫ぶその大将が、自分はお金を素手で触ったその手で再び豚肉をパン粉に埋め、上から抑えているのだった。「ギョ」として、その後も現金収受した手てでとんかつを作り続けるのか、もう一回検証しようと、次の客が食べ終わって料金を払うシーンを待っていた。
もう一人別のカウンター客も支払いをし始めた。やはり、大将は素手で収受しお釣りを渡した。その手でまたもやとんかつを揚げるかと目を凝らしていると、私の視線に気づいたのか、今度は大将はアリバイ程度に水道水でシャシャと手を濯いで、再び生肉を触って作業し始めた。
云うまでもなく、2番目に高い定食のはずが中身も期待外れだった。一番安いロースかつ定食700円にしておけばよかった。もう二度と行かない。
開戦の日に想う ― 2021年12月08日 20:20
先人が決定し歩んだ歴史(選択肢)を今の我々が「たられば」で批判するのは簡単である。ただ、その時代の実際にその苦境に立たされた我が国の先人が覚悟を以て文字通り必死で決めた選択肢は敬意をもって見るべきだと思う。
当時の日本が今の日本と違うのは、戦前の日本は少なくとも皇室の元で私利私欲よりもただただ我が国の将来の為に命を惜しまず国民が一つになった。当たり前だが、自分の国の事は自分らで決めた。
今の日本は周りの顔色を見ながら、自分らが何をしたいかが全く見えてこない。「個性」「自由」と言えば聞こえはいいが、国民の心もバラバラで、つまらない日本になってしまった。
作曲家のすぎやまこういち先生は「若い人は戦前はさぞかし暗い時代だったろう、と言うが、終戦までの最後の2年くらいは食べ物もなくなってきたが、それ以外の期間はのびのびと楽しい暮らしだった。暗い世の中だと感じたことはない」と言っていた。
英文学者の渡部昇一先生も山形県の片田舎で暮らした戦前の少年時代のことを実に楽しそうに話していた。
職場の同僚に「今の日本は住みにくい。個性を重んじ個人の権利を尊重するといいながら言葉狩りされたり却って色々言動を制限される。お互いさまのお節介で支え合っていた戦前に生きてみたかった」といったら、キョトンとされた。
先人の想いや犠牲を思うと、今の体たらくの日本をちゃんと立て直して後の世代に引き継がないと、と焦るばかりだ。
以下開戦のご詔勅を転載する。----------
天佑ヲ保有シ萬世一系ノ皇祚ヲ踐メル大日本帝國天皇ハ昭ニ忠誠勇武ナル汝有衆ニ示ス
朕茲ニ米國及英國ニ對シテ戰ヲ宣ス朕カ陸海將兵ハ全力ヲ奮テ交戰ニ從事シ朕カ百僚有司ハ勵精職務ヲ奉行シ朕カ衆庶ハ各々其ノ本分ヲ盡シ億兆一心國家ノ總力ヲ擧ケテ征戰ノ目的ヲ逹成スルニ遺算ナカラムコトヲ期セヨ
抑々東亞ノ安定ヲ確保シ以テ世界ノ平和ニ寄與スルハ丕顯ナル皇祖考丕承ナル皇考ノ作述セル遠猷ニシテ朕カ拳々措カサル所而シテ列國トノ交誼ヲ篤クシ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ之亦帝國カ常ニ國交ノ要義ト爲ス所ナリ今ヤ不幸ニシテ米英兩國ト釁端ヲ開クニ至ル洵ニ已ムヲ得サルモノアリ豈朕カ志ナラムヤ中華民國政府曩ニ帝國ノ眞意ヲ解セス濫ニ事ヲ構ヘテ東亞ノ平和ヲ攪亂シ遂ニ帝國ヲシテ干戈ヲ執ルニ至ラシメ茲ニ四年有餘ヲ經タリ幸ニ國民政府更新スルアリ帝國ハ之ト善隣ノ誼ヲ結ヒ相提攜スルニ至レルモ重慶ニ殘存スル政權ハ米英ノ庇蔭ヲ恃ミテ兄弟尚未タ牆ニ相鬩クヲ悛メス米英兩國ハ殘存政權ヲ支援シテ東亞ノ禍亂ヲ助長シ平和ノ美名ニ匿レテ東洋制覇ノ非望ヲ逞ウセムトス剩ヘ與國ヲ誘ヒ帝國ノ周邊ニ於テ武備ヲ増強シテ我ニ挑戰シ更ニ帝國ノ平和的通商ニ有ラユル妨害ヲ與ヘ遂ニ經濟斷交ヲ敢テシ帝國ノ生存ニ重大ナル脅威ヲ加フ朕ハ政府ヲシテ事態ヲ平和ノ裡ニ囘復セシメムトシ隱忍久シキニ彌リタルモ彼ハ毫モ交讓ノ精神ナク徒ニ時局ノ解決ヲ遷延セシメテ此ノ間却ツテ益々經濟上軍事上ノ脅威ヲ増大シ以テ我ヲ屈從セシメムトス斯ノ如クニシテ推移セムカ東亞安定ニ關スル帝國積年ノ努力ハ悉ク水泡ニ歸シ帝國ノ存立亦正ニ危殆ニ瀕セリ事既ニ此ニ至ル帝國ハ今ヤ自存自衞ノ爲蹶然起ツテ一切ノ障礙ヲ破碎スルノ外ナキナリ
皇祖皇宗ノ神靈上ニ在リ朕ハ汝有衆ノ忠誠勇武ニ信倚シ祖宗ノ遺業ヲ恢弘シ速ニ禍根ヲ芟除シテ東亞永遠ノ平和ヲ確立シ以テ帝國ノ光榮ヲ保全セムコトヲ期ス
御名御璽
昭和十六年十二月八日
內閣總理大臣兼
內務大臣陸軍大臣 東條英機
文部大臣 橋田邦彦
國務大臣 鈴木貞一
農林大臣兼
拓務大臣 井野碩哉
厚生大臣 小泉親彥
司法大臣 岩村通世
海軍大臣 嶋田繁太郞
外務大臣 東鄕茂德
遞信大臣 寺島 健
大藏大臣 賀屋興宣
商工大臣 岸 信介
鐵道大臣 八田嘉明
3冊修復できあがり ― 2021年12月11日 00:16
背表紙の天地の折り返しをめくり、なかに同色系のクロスを補強で挟みこみ、擦り切れ感をなくした。新しい色見返し紙をつけなおし、元の表紙にくるみなおして出来上がり。
写真左から
『西遊スケッチ』
和田垣謙三著
大正4年12月5日至誠堂書店発行
『我が國土』
小田内通敏著
大正2年11月長風舎発行
『野外植物之研究』
牧野富太郎校訂 博物学研究会編纂
明治40年2月 参文舎発行
不幸中の幸い ― 2021年12月12日 20:30
血の気が引いて、両手に持っていた手提げ袋を床に置き、リュックを下ろして見ると、リュックの上のファスナーがパックリ全開していた。電気コンロを買った後、リュックを全開したまま散々秋葉原の人混みを歩き回って乗った電車だった。
『財布は大丈夫か?』と心の中で焦りながらリュックの中を確かめる。
『ない!』、
『あっ、そうだ、電気コンロ買うのにリュックから財布出して、そのままコンロの手提げ袋へ一緒に財布も入れたんだった』
『手提げの中に財布あった』
『よかった』
胸をなでおろし、女性に頭を下げて2度お礼を言って下車した。
若い奴らが長財布をズボンの後ろポッケに半分むき出しで入れているのを見て、危ないなぁ、と常日頃から心の中で馬鹿にしていたが、今回だけは自らの不甲斐なさに反省することしきりだった。
収まるところに収まる~滿洲國大觀~ ― 2021年12月18日 22:35
武漢肺炎発生直後から半年がかりで修復した古書『満洲國大觀』については以前ブログで紹介した。
修復したはいいが、1000ページ近くの本で3~4キロはあるか。書棚に立てておいてもその重みでそのうち本全体が傷んでくるのも早いだろうと1年以上ずっと寝かせて置いてあった。そのうちケースを作って保管したいと思っていたが、この度ケースが完成した。

修復した『満洲國大觀』と今回作った夫婦箱
たまたま子羊の革が995円と安価で手に入った。手触りも柔らかくピンクの色もいい感じだった。
縦27センチ、横21センチ、厚さ7センチのメスの箱と、更にそれをかぶせるフタのオスの箱をつくるという、ボールをふんだんに使って、大きな夫婦箱を作った。
次に子羊まるまる一頭革(1枚革)にでんぷん糊を塗って箱に一気に巻き込んで貼っていく。
最後に、以前本の背に金箔でタイトルを入れるのに造ってもらった鉛の文字版をもう一度製本工房の親方に頼んで灰色の子羊革に金箔押ししてもらい、それを出来上がったピンクの夫婦箱のフタにつくったエンボスにはめ込んで箱が完成、最後に1年半行き場のなかったこの重たい本を箱に収めて修復が完全に終了した。
2年がかりで、収まるべきところに収まった。
最後に本当にやるべきことは、戦前支那大陸の写真満載のこの本を老後にゆっくり読むことだ。修復は単なるスタートに過ぎない。


職人めぐりをする ― 2021年12月25日 23:10
先週平日に休暇を取り、東京都内の職人めぐりをしてきた。
【中井商店】:接着剤専門店
各種用途の接着剤と塗料を製造販売している。革と製本に使う接着剤を購入。武漢肺炎発生当初消毒用アルコールが著しく不足していた頃ここでエタノール75%を発見し、一本譲ってもらった。
【森平】:刃物と砥石の専門店
カリスマ研ぎ師の老齢職人社長がいる。革刀用に仕上げ砥石#13000を購入した。
【大栄活字社】:
昭和28年創業の活版印刷の工場。80歳の社長が何十万とある活字の中から選び出して年賀状や名刺を活版印刷で作ってくれる。活字もばら売りで譲ってくれる。以前修復した昭和8年発行の讃美歌集にタイトルを入れるため、「讚美歌」という活字を購入。「讚」という漢字が、第一希望だった1号の大きさでは在庫がなく、(「賛」は「讃」ならあったのだが)戦前の本ということもあり、ひとつ小さな大きさで「讚」をゲットした。

活版印刷の工場内 大小様々な活字が圧巻
【田中箔押所】:
大栄活字社で買った「讚美歌」の活字を持って行って、持参した修復済み讃美歌集の表紙に「讚美歌」を押してもらう。89歳の先代社長に押してもらう。垂れ革装丁(表紙から革を余分に垂らす仕様)だったのだが、
垂らした分もしっかり計算して的確な場所に箔押ししてくれた。寡黙な姿勢の中にも頭で計算され手先に伝える職人の素晴らしさを見せてもらった。
89歳の先代社長 渡した活字を組んで箔押しの機械で作業中
金箔押ししてもらった修復本(左)ともともとの革表紙(右)
田中箔押所 日本のモノづくりというのはこういう専門分野の職人さんたちの技で支えられてきたのを実感した一日だった。箔押所内 作業を終えて一息つく89歳の先代社長(正面奥)
毛沢東からきた「蜜」の手紙 ― 2021年12月29日 23:40
翻訳すると以下のとおりである。
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ダライラマ先生
あなたから昨年八月一日に頂いた手紙と贈り物に感謝します。解放後、あなた方はチベットに於いて、国家とチベット民族にとって多くの有益なことをなされ、これは非常に良いことです。まさしくあなたの手紙でも言及しているように、チベットの僧侶や人民に新しい祖国をもっと理解してもらう為に、また、日を追って漢族とチベット族の団結をより固く強いものにする為にも、チベットでは毎年一部の人々が内地を訪れ、見学されていることは本当に良いことです。この外にも、チベットは、青年たちを選出して内地に送り込み、短期或いは長期で学ばせればいいと思います。
これにより、チベット民族の幹部をより良く養成することができるのです。
牛乳分離機二台、スピーカー一台及び両用ラジオ一台を手紙に添えて贈ります。ご健康をお祈りします。
毛沢東
一九五四年四月十日
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文中では毛沢東がダライラマ法王のことを你(君、あなた、おまえの意)という文字を使って呼んでおり、尊敬を表す閣下でも您でもないのは、毛が法王を対等もしくは下に見ている表れではないだろうか。
この手紙の5年後の1959年に人民解放軍がチベットに侵攻し、侵攻直前にダライラマ法王はヒマラヤを越えてインドのダラムサラに亡命し難を逃れた。
中国共産党の飴と鞭を使い分ける手法は、すでに我が国に対しても同様に始まっている。






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