一生買わないと思っていたものを買った ― 2021年09月01日 22:02
たぶん一生自分には不要だと思っていた物を先日初めて買った。それは煙草の葉を自分で巻くための巻紙だ。そもそもそういうものが売られていることすら知らなかった。きっかけは古書の修理だった。
昭和17年発行の書籍を修理するのに分解したところ、針金を使って平綴じされていた。なにせ、80年前の針金だ。すっかり錆びついて紙に食い込んでいた。糸で本かがりをしなおすのに、ラジオペンチで針金を引き抜いたところ全ページに渡ってその跡にぽっかり黒い穴が開いていた。
いつも怖い製本工房の親方が珍しく嬉しそうに、「煙草の巻紙のことを話したことはあるか」と私に聞く。「伺ったことはありません」と答えると、おもむろに奥からチューインガム程の形のものを持ってきて「これを使え」という。聞くとその針金で空いたページの穴を埋めるのに煙草の巻紙を使うと良いという。
古書の補修には通常和紙を使う。Phが中性だし、典帖と呼ばれる薄い和紙ならページ破れのつなぎにもなる。親方曰く、今回のように全ページに開いた針金跡の穴を埋めるのに和紙を使うと本の厚さが全体的に膨れてしまう。また穴の回りに糊を付け、上から和紙を置いた後ピンセットで余分な和紙をめくると、和紙は繊維が強いため、埋めた穴の部分の和紙まで一緒にめくれ上がってしまう難点がある。ところが、たばこの巻紙をならこの難点が両方とも解決するというのだ。親方が煙草の巻紙で穴を埋める方法をデモンストレーションしてくれ、残りは自宅ですることにして、親方から巻紙を譲ってもらった。持ち帰って巻紙のphを調べたら和紙同様中性だった。
親方からは50枚入りの巻紙を譲り受けたが、修理途中で巻紙が足りなくなるのを避けるため、同じ巻紙を買おうと思った。ネットで調べたらちょうどいつも通っている中国語教室の近くにタバコ専門店があるのを見つけた。
なんとかヒルズと呼ばれる都心のオフィス街の一角にある広さ6畳程度のスタンドで、入店すると店主が店内で既に煙草をモクモクと吸っていた。「これと同じものが欲しい」と親方からもらった緑の巻紙ケースを見せると、緑は正規輸入では扱っていない、同じブランドで青と赤ならある、厚さは緑と大体同じだろうと言う。
このRIZLAという巻紙は知る人ぞ知る老舗メーカーらしく1796年創業、MADE IN E.U.の文字がある。そのタバコ専門店のひきだしにも溢れんばかりのRIZLAがストックされていた。店主から「緑はどこで手に入れたのか」聞かれたので、製本工房の親方からもらった、今回購入するのも本の修理をするのに和紙の代わりに使うことを説明したら、「なるほど、そういう使い方もあるんですね」とモクモクしながら感心していた。ひとつ110円だったので、試しに赤と青の両方を買ってきた。
緑、赤、青、全部穴埋めに試してみたが、親方からもらった緑に近いのは、赤だった。
たぶん一生縁もなく買うことはないと思っていた煙草の巻紙だが、この分だと私もヒルズのたばこ専門店の常連になりそうだ。


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