創意工夫~日本のマスク事情~ ― 2020年04月13日 17:06
当ブログ3月4日の「マスクとおむつ」で使い捨てマスクをイライラしながら必死で探すよりも昔の時代に戻って、布でマスクを作って凌いでみては、と述べた。世の中考えることは皆同じで、巷では既に自分らで創る工夫が始まっていた。
首都圏の布地手芸用品店ユザワヤでのここ1か月のマスク事情について紹介する
【3月中旬】
マスク特設コーナーが作られ、手作りマスクに適した布地と製作に必要な耳ゴムやノーズワイヤ(鼻の付近に付ける針金)も販売。布は各種あるが、耳ゴムは1人1点までと書いてあるのに既に品切れ。マスクの作り方と型紙を書いた説明書も販売コーナー付近で無料配布。
YOUTUBE動画でも作り方絶賛公開中
https://www.youtube.com/channel/UCLBYXItWouo9ddZR5MjW4kg/videos?disable_polymer=1
【3月下旬】:
ユザワヤに貸し出し用で設置されているミシンサービスが3月いっぱい既に予約でいっぱい。手縫いではなく、ミシンで効率よく作ろうと考える人で殺到している模様。(その後4月以降はサービス提供自体中止)3階のミシン売り場も盛況。
手作りマスクの説明書も2種類から5種類に増えており、縫わずに作れる方法が追加されている。
【4月初旬】:
非常事態宣言以降、店内の他のフロアはすべて閉鎖し、1階に販売を集約。マスク特設コーナーもバージョンアップされており、手作りマスクのサンプル展示と作り方説明書もラックを増やし無料配布中。マスク用布地もこれまでの木綿、ガーゼタオル以外に、弾力性のあるウレタン系布地が追加されており、耳ゴムがなくてもハサミで丸くくりぬけば手芸が不得意なひとでも簡単に作れる。
【4月中旬】:
耳ゴムは1人1点だが大量入荷し在庫は充実している。晒し木綿、ガーゼ布、ウレタン布に加え工業用にも使えるナノフィルターの不織布も1人1メートル限定で販売開始。裁断台も2か所から3か所に増設され、抗菌の透明ビニールシート(テーブルクロスやレジでの客との境目に貼ったりに使える)も販売開始。
このように手芸店は、耳ゴムが品薄ならゴムの不要なマスクの作り方を考え、それに合う布地をマスクコーナーに置く、手芸が不得意な客には、裁縫不要なマスクの無料説明書とそれに必要なパーツをコーナーで販売するなど、その時々の客のニーズと用品の供給状況をキャッチアップしながら、実にきめ細やかに配慮されてた。
手芸店の客層は主に女性であるが、男性の世界でも3Dを使ったマスクのデザインを考えだし、しかもそのデータを無償提供している青年もいる。女性や中高年の我々ではなかなか思いつかないアイデアだ。
https://www.rootech360.com/
https://twitter.com/Tsukasa_3D
国内の中小アパレル企業でも、マスクを生産し始めており国内一丸となって自分たちができることをやっている。
安倍首相が全世帯にマスク2枚を配布してくれると4月1日に表明したとのことで、手芸もできず他の入手方法もわからない一般国民には有り難いとは思うが、マスクに関しては巷のほうが政府よりも2歩も3歩も先を進んでいた。政府には是非、真水分を救済するための追加国債発行と通貨注入、消費税凍結、国策としての製造業再生など国にしかできないことをしていただきたい。
武漢で感染者発生直後、日本から武漢へ向かう邦人救済チャーター便の往路に日本政府が大量のマスクと防護服を積んで中国に支援したが、この事について我が国の現状を鑑みて日本政府は中国支援したことを今どう思っているのか非常に知りたい。未だ総括もされていない。別途マスクを支援した一部自治体は後悔しているとし、贈ったマスクを返却してほしいと中国側姉妹都市に依頼している。「判断を誤る」というのはこういうことだ。
首都圏の布地手芸用品店ユザワヤでのここ1か月のマスク事情について紹介する
【3月中旬】
マスク特設コーナーが作られ、手作りマスクに適した布地と製作に必要な耳ゴムやノーズワイヤ(鼻の付近に付ける針金)も販売。布は各種あるが、耳ゴムは1人1点までと書いてあるのに既に品切れ。マスクの作り方と型紙を書いた説明書も販売コーナー付近で無料配布。
YOUTUBE動画でも作り方絶賛公開中
https://www.youtube.com/channel/UCLBYXItWouo9ddZR5MjW4kg/videos?disable_polymer=1
【3月下旬】:
ユザワヤに貸し出し用で設置されているミシンサービスが3月いっぱい既に予約でいっぱい。手縫いではなく、ミシンで効率よく作ろうと考える人で殺到している模様。(その後4月以降はサービス提供自体中止)3階のミシン売り場も盛況。
手作りマスクの説明書も2種類から5種類に増えており、縫わずに作れる方法が追加されている。
【4月初旬】:
非常事態宣言以降、店内の他のフロアはすべて閉鎖し、1階に販売を集約。マスク特設コーナーもバージョンアップされており、手作りマスクのサンプル展示と作り方説明書もラックを増やし無料配布中。マスク用布地もこれまでの木綿、ガーゼタオル以外に、弾力性のあるウレタン系布地が追加されており、耳ゴムがなくてもハサミで丸くくりぬけば手芸が不得意なひとでも簡単に作れる。
【4月中旬】:
耳ゴムは1人1点だが大量入荷し在庫は充実している。晒し木綿、ガーゼ布、ウレタン布に加え工業用にも使えるナノフィルターの不織布も1人1メートル限定で販売開始。裁断台も2か所から3か所に増設され、抗菌の透明ビニールシート(テーブルクロスやレジでの客との境目に貼ったりに使える)も販売開始。
このように手芸店は、耳ゴムが品薄ならゴムの不要なマスクの作り方を考え、それに合う布地をマスクコーナーに置く、手芸が不得意な客には、裁縫不要なマスクの無料説明書とそれに必要なパーツをコーナーで販売するなど、その時々の客のニーズと用品の供給状況をキャッチアップしながら、実にきめ細やかに配慮されてた。
手芸店の客層は主に女性であるが、男性の世界でも3Dを使ったマスクのデザインを考えだし、しかもそのデータを無償提供している青年もいる。女性や中高年の我々ではなかなか思いつかないアイデアだ。
https://www.rootech360.com/
https://twitter.com/Tsukasa_3D
国内の中小アパレル企業でも、マスクを生産し始めており国内一丸となって自分たちができることをやっている。
安倍首相が全世帯にマスク2枚を配布してくれると4月1日に表明したとのことで、手芸もできず他の入手方法もわからない一般国民には有り難いとは思うが、マスクに関しては巷のほうが政府よりも2歩も3歩も先を進んでいた。政府には是非、真水分を救済するための追加国債発行と通貨注入、消費税凍結、国策としての製造業再生など国にしかできないことをしていただきたい。
武漢で感染者発生直後、日本から武漢へ向かう邦人救済チャーター便の往路に日本政府が大量のマスクと防護服を積んで中国に支援したが、この事について我が国の現状を鑑みて日本政府は中国支援したことを今どう思っているのか非常に知りたい。未だ総括もされていない。別途マスクを支援した一部自治体は後悔しているとし、贈ったマスクを返却してほしいと中国側姉妹都市に依頼している。「判断を誤る」というのはこういうことだ。
やっぱり国民の窮地とコロナ恐慌を分かっていない政府 ― 2020年04月17日 13:39
【10万円は要望する人に給付と麻生氏 】
「膨らし粉」を振りかけまくった骨抜き見せかけ108兆円緊急経済対策に業を煮やした公明党に迫られ、国民一人あたり一律10万円給付を決めた安倍政権。公明党に言われてからではなく、国家として国民を守り本気で経済を復活させて行こうと思えば、おのずから答えは出ていたはずだ。財務省官僚に丸投げしてケチった政府の顛末だ。
更に気に食わないのが、この10万円逆転劇を受けた麻生財務相のコメントだ。一方的に支給するのではなく「要望される方、手を挙げる方に配る」と述べたとか。手を上げるにもまた手続きが必要で役所は混雑しクラスターの場と化すだろう。
そもそも財務省が握っているのは誰の金だと思っているのか。我々国民から徴収した国民のお金だ。その財源である国民が困っているときに、自分の金のごとき、「必要な奴は言え」というのは勘違いも甚だしい。公明党に押し切られてよっぽど虫の居所が悪かったのだろうが、すべき事をしなかった政府、財務省が悪く、グダグダいうのは見苦しい。
本来なら
「国費を賄っていただいている国民の皆さんが窮地に陥っているので、政府としてはいただいたお金を一旦国民の皆さんにお返しし、窮地を乗り切りましょう。そのうえで、返上してもいいという方がいらっしゃれば財務省におっしゃってください。私も返上します」が本来の筋だろうが。
武漢肺炎が収束してもその先に待っている大恐慌を日本が乗り切るには、この程度でも対策はまだまだ足りない。
この度の武漢肺炎対応で、医療、物流、生産、治安、販売など政府はそれぞれの専門分野に権限や権威を以て協力要請や指示をするだけで、政府だけでは直接何もできない機関であることがよくわかった。ならばせめてちゃんとした正しい方針を決める仕事をしようよ。
https://www.youtube.com/watch?v=vZriHDhUhbU
追:その後同日夕刻の安倍首相の記者会見にて、給付金は郵送もしくはオンラインでの申請とのことで、役所へ出向く必要はないようだ。
「膨らし粉」を振りかけまくった骨抜き見せかけ108兆円緊急経済対策に業を煮やした公明党に迫られ、国民一人あたり一律10万円給付を決めた安倍政権。公明党に言われてからではなく、国家として国民を守り本気で経済を復活させて行こうと思えば、おのずから答えは出ていたはずだ。財務省官僚に丸投げしてケチった政府の顛末だ。
更に気に食わないのが、この10万円逆転劇を受けた麻生財務相のコメントだ。一方的に支給するのではなく「要望される方、手を挙げる方に配る」と述べたとか。手を上げるにもまた手続きが必要で役所は混雑しクラスターの場と化すだろう。
そもそも財務省が握っているのは誰の金だと思っているのか。我々国民から徴収した国民のお金だ。その財源である国民が困っているときに、自分の金のごとき、「必要な奴は言え」というのは勘違いも甚だしい。公明党に押し切られてよっぽど虫の居所が悪かったのだろうが、すべき事をしなかった政府、財務省が悪く、グダグダいうのは見苦しい。
本来なら
「国費を賄っていただいている国民の皆さんが窮地に陥っているので、政府としてはいただいたお金を一旦国民の皆さんにお返しし、窮地を乗り切りましょう。そのうえで、返上してもいいという方がいらっしゃれば財務省におっしゃってください。私も返上します」が本来の筋だろうが。
武漢肺炎が収束してもその先に待っている大恐慌を日本が乗り切るには、この程度でも対策はまだまだ足りない。
この度の武漢肺炎対応で、医療、物流、生産、治安、販売など政府はそれぞれの専門分野に権限や権威を以て協力要請や指示をするだけで、政府だけでは直接何もできない機関であることがよくわかった。ならばせめてちゃんとした正しい方針を決める仕事をしようよ。
https://www.youtube.com/watch?v=vZriHDhUhbU
追:その後同日夕刻の安倍首相の記者会見にて、給付金は郵送もしくはオンラインでの申請とのことで、役所へ出向く必要はないようだ。
私の親方~製本職人~ ― 2020年04月18日 17:25
私が通う製本教室の先生は「親方」である。そのみち40年の手製本工房の職人で、文京区の技能名匠にも認定されている。職人が素人に教えるのだから、決して親切ではない。生徒に対しても好き嫌いがはっきりしており、相性のいい生徒には親切に説明するが、相性の悪い生徒には口数も少なく、こちらからアプローチして聞かないと教えてくれない。残念ながら私は嫌われている部類に入る。同じことを別の人には丁寧にデモンストレーションをして説明しているのに、私に対しては一言二言で、要するに「やってみろ」という態度でさっさと別の生徒のところへ行ってしまう。ほったらかしにされるので自分で色々考えてやってみる癖はついたが、自分なりに考えた挙句それが裏目に出て、やり方が違うと更に叱られたりする。手取り足取りではなく、「自分で考えろ、師匠の背中を見て覚えろ」的なのである。それでも通い続けているのは、さすが職人だけあって、製本工程に無駄がなく、職人目線での作業のコツなど学ぶべき点が多いからだ。
私も、会社人生が30年も過ぎると周りがみんな年下になってきて、上司すら後輩だったりする。立場上周りを指導、諫言することはあっても、人から叱られたりたしなめられたりするのは少なくなった。ところが、この製本工房に行くと、一気に自分が新入社員のような立場と気持に戻るのだ。やること成すこと親方から否定され、質問すれば「そんなことも知らないのか」的な呆れた顔をされて直される。自分が四苦八苦したものを見せたとき、否定されず稀に「いいんじゃないの」と言われると褒められた気分になる。当初は気持ちもくじけていたが、だんだんこの境遇も貴重な体験だと楽しめるようになってきた。
そんな中、普段なら狭い教室には私を含め5~6人の生徒がいてそれぞれが作業をし、先生から都度指導を受けるのだが、ここ3回は武漢肺炎の影響で皆さん自粛して、参加する生徒は私ひとりなのだ。
親方にとっては、相性の悪い私とマンツーマンだから相当苦痛だろうが、私にとってはまたとないチャンスである。生徒は私一人なので親方はいつものように私を無視したり放ったらかしにはできない。私がする質問には答えなければならないし、私の製本過程には首を突っ込まざるを得ない。愛想のない親方を独り占めできるのだから私にとってこんな貴重な機会はない。不要不急ではなく、絶対逃してはならない「大事で急ぎの」外出である。来週末も私一人のようである。
本日工房で修理した本
著書名:THE ROMANCE OF MODERN PHOTOGRAPHY
著者名:CHARLES R GIBSON
発行所:LONDON SEELEY AND CO. LIMITED
発行年:1908年
購入価格:500円(表紙の箔がきれいだったので中身を見ずに購入)
修理内容:背表紙が劣化し本文から外れている。丸背ドイツ装にして同色の布クロスで作った背表紙に表裏の表紙を結合したところ。最後に外れていたオリジナルの背表紙を布クロス上に貼ったら完成。
私も、会社人生が30年も過ぎると周りがみんな年下になってきて、上司すら後輩だったりする。立場上周りを指導、諫言することはあっても、人から叱られたりたしなめられたりするのは少なくなった。ところが、この製本工房に行くと、一気に自分が新入社員のような立場と気持に戻るのだ。やること成すこと親方から否定され、質問すれば「そんなことも知らないのか」的な呆れた顔をされて直される。自分が四苦八苦したものを見せたとき、否定されず稀に「いいんじゃないの」と言われると褒められた気分になる。当初は気持ちもくじけていたが、だんだんこの境遇も貴重な体験だと楽しめるようになってきた。
そんな中、普段なら狭い教室には私を含め5~6人の生徒がいてそれぞれが作業をし、先生から都度指導を受けるのだが、ここ3回は武漢肺炎の影響で皆さん自粛して、参加する生徒は私ひとりなのだ。
親方にとっては、相性の悪い私とマンツーマンだから相当苦痛だろうが、私にとってはまたとないチャンスである。生徒は私一人なので親方はいつものように私を無視したり放ったらかしにはできない。私がする質問には答えなければならないし、私の製本過程には首を突っ込まざるを得ない。愛想のない親方を独り占めできるのだから私にとってこんな貴重な機会はない。不要不急ではなく、絶対逃してはならない「大事で急ぎの」外出である。来週末も私一人のようである。
本日工房で修理した本
著書名:THE ROMANCE OF MODERN PHOTOGRAPHY
著者名:CHARLES R GIBSON
発行所:LONDON SEELEY AND CO. LIMITED
発行年:1908年
購入価格:500円(表紙の箔がきれいだったので中身を見ずに購入)
修理内容:背表紙が劣化し本文から外れている。丸背ドイツ装にして同色の布クロスで作った背表紙に表裏の表紙を結合したところ。最後に外れていたオリジナルの背表紙を布クロス上に貼ったら完成。
中国の隠れキリシタン ― 2020年04月23日 03:07
写真整理していたら、1993年に私が中国の大学に語学留学していた時、留学生寮で宿直をしていたおじいさんと奥さんの写真が出てきた。留学終了後もおじいさんに会いに何度か中国を訪れており、これは2008年に最後に撮った写真である。
留学当時からこのおじいさんがカトリック教徒であることは知っていたが、お二人の寝室に入り、ベットの脇に十字架とキリストや聖母マリアの肖像画が飾ってあるのを知ったのはこの時が初めてである。
語学練習を兼ねて、夕食後の時間、事あるごとに寮1階宿直室にいるこのおじいさんとよくおしゃべりをした。寮の日本人ルームメイトがカトリック信者だったこともあり、それを知ったおじいさんから我々に声をかけ、世間話からカトリック談義までおしゃべりしたものだった。
おじいさんは20時頃になると、カバンから使い古した小さな短波ラジオを取り出し、バチカンから直接発信される中国語短波放送に周波数を合わせて聞くのが楽しみだった。なぜなら彼にとって「本当のカトリック」に触れられる手段であったからだ。というのも、1993年当時、カトリック総本山のバチカンと中国は国交を持っておらず、お互いに認め合っていなかった。従って、中国国内にはカトリック教会(天主教教堂という)と呼ばれるものはあるが、これは偽物だとおじいさんは言った。本来カトリック神父は結婚しないのだが、中国にいるカトリック神父は中国共産党が指名した神父であり、結婚もして子供もいる。ミサの仕方もバチカン方針に沿ったものではなく、聖書もすべて中国共産党に検閲され都合の悪い部分は書き換えられているとのことだった。だから自分は絶対に街の教会は行かない、とおじいさんがこっそり教えてくれた。
「それではミサはどこで受けるのですか」と尋ねたところ、中国共産党の中国建国の1949年以前から司祭をしている昔からの中国人神父様が健在なので、彼を自宅へ呼んで、こっそりミサをしているとのことだった。
まさしく、中国の隠れキリシタンだ。
当時から中国共産党は「宗教は麻薬だ」としてチベット仏教、イスラム教、法輪功の迫害のみならず、このように一部漢族が信じている正統のカトリックも厳しく規制していた。
留学期間が終わり、最後にこのおじいさんが一番喜ぶものを何か贈ろうと思い、私は香港に飛んだ。香港でカトリック教会を探し、教会付属のショップにある中国語のカトリック関連の書籍数冊と、当時のバチカン法王ヨハネパウロ2世のポスターを買った。そのころの香港はまだイギリス領であり、バチカンの方針に沿った、正統なカトリック関連のものが自由に手に入る中国語圏の一つであった。
これらを持って私は再び中国に飛び、自宅を訪ねおじいさんにプレゼントした。おじいさんは当然大変喜んで「宝物にする」と言ってくれた。中国では絶対に手に入らない本物のカトリックに触れられるからだ。受け取ると、外部の人に見られないようにと、すぐにそれらを寝室へ収納しに行った。
その後、おじいさんが住むこの街はどんどん区画整理と開発が進み、おじいさんの自宅も例外ではなかったようで、どこかへ立ち退きさせられたのか。この写真を撮った2008年を最後に、唯一の連絡手段だった電話が不通になり、日本から出した郵便が不達で戻ってきたことで、15年近く続いていたおじいさんとの交流は途絶えた。2008年のこの頃既に80歳近くだったかと思うので、ご健在なら90歳を過ぎていると思う。おじいさん一家全員がカトリック信者だったので、息子さん、お孫さんも信者としてどこかで生活しておられるだろう。
残念ながらここ10年でバチカンは、信者数の伸び悩みを中国市場に求めたのか、中国共産党に対する態度を軟化させ、中共に妥協し、2国の交流が開始されている。これまで本物のカトリックを密かに信じていた人々にとっては失望であり、ますます生きにくくなっているだろう。
追記(2020.05.06)バチカンの中共への屈服
https://www.youtube.com/watch?v=SAfpAa8mRsI
留学当時からこのおじいさんがカトリック教徒であることは知っていたが、お二人の寝室に入り、ベットの脇に十字架とキリストや聖母マリアの肖像画が飾ってあるのを知ったのはこの時が初めてである。
語学練習を兼ねて、夕食後の時間、事あるごとに寮1階宿直室にいるこのおじいさんとよくおしゃべりをした。寮の日本人ルームメイトがカトリック信者だったこともあり、それを知ったおじいさんから我々に声をかけ、世間話からカトリック談義までおしゃべりしたものだった。
おじいさんは20時頃になると、カバンから使い古した小さな短波ラジオを取り出し、バチカンから直接発信される中国語短波放送に周波数を合わせて聞くのが楽しみだった。なぜなら彼にとって「本当のカトリック」に触れられる手段であったからだ。というのも、1993年当時、カトリック総本山のバチカンと中国は国交を持っておらず、お互いに認め合っていなかった。従って、中国国内にはカトリック教会(天主教教堂という)と呼ばれるものはあるが、これは偽物だとおじいさんは言った。本来カトリック神父は結婚しないのだが、中国にいるカトリック神父は中国共産党が指名した神父であり、結婚もして子供もいる。ミサの仕方もバチカン方針に沿ったものではなく、聖書もすべて中国共産党に検閲され都合の悪い部分は書き換えられているとのことだった。だから自分は絶対に街の教会は行かない、とおじいさんがこっそり教えてくれた。
「それではミサはどこで受けるのですか」と尋ねたところ、中国共産党の中国建国の1949年以前から司祭をしている昔からの中国人神父様が健在なので、彼を自宅へ呼んで、こっそりミサをしているとのことだった。
まさしく、中国の隠れキリシタンだ。
当時から中国共産党は「宗教は麻薬だ」としてチベット仏教、イスラム教、法輪功の迫害のみならず、このように一部漢族が信じている正統のカトリックも厳しく規制していた。
留学期間が終わり、最後にこのおじいさんが一番喜ぶものを何か贈ろうと思い、私は香港に飛んだ。香港でカトリック教会を探し、教会付属のショップにある中国語のカトリック関連の書籍数冊と、当時のバチカン法王ヨハネパウロ2世のポスターを買った。そのころの香港はまだイギリス領であり、バチカンの方針に沿った、正統なカトリック関連のものが自由に手に入る中国語圏の一つであった。
これらを持って私は再び中国に飛び、自宅を訪ねおじいさんにプレゼントした。おじいさんは当然大変喜んで「宝物にする」と言ってくれた。中国では絶対に手に入らない本物のカトリックに触れられるからだ。受け取ると、外部の人に見られないようにと、すぐにそれらを寝室へ収納しに行った。
その後、おじいさんが住むこの街はどんどん区画整理と開発が進み、おじいさんの自宅も例外ではなかったようで、どこかへ立ち退きさせられたのか。この写真を撮った2008年を最後に、唯一の連絡手段だった電話が不通になり、日本から出した郵便が不達で戻ってきたことで、15年近く続いていたおじいさんとの交流は途絶えた。2008年のこの頃既に80歳近くだったかと思うので、ご健在なら90歳を過ぎていると思う。おじいさん一家全員がカトリック信者だったので、息子さん、お孫さんも信者としてどこかで生活しておられるだろう。
残念ながらここ10年でバチカンは、信者数の伸び悩みを中国市場に求めたのか、中国共産党に対する態度を軟化させ、中共に妥協し、2国の交流が開始されている。これまで本物のカトリックを密かに信じていた人々にとっては失望であり、ますます生きにくくなっているだろう。
追記(2020.05.06)バチカンの中共への屈服
https://www.youtube.com/watch?v=SAfpAa8mRsI
線量日本一の二股らじうむ温泉 ― 2020年04月23日 18:45
以前いた会社が比較的ゆるい環境で休暇も取りやすかったので、肩こりと手のしびれが治らないかと、2週間かけて初めて湯治しに行った。湯治先は北海道長万部の二股らじうむ温泉だった。
http://www.futamata-onsen.com/quality/
ここを知ったきっかけは、東日本大震災の福島第一原発事故発生後に、放射線専門家が、放射能を過度に恐れてはいけない、ホルミシス効果と言って人には適度の放射能が必要であるとし、有名な鳥取県の三朝温泉以上のアルファ線量がある秘湯として紹介していたからだ。
https://www.youtube.com/watch?v=9xdfYuo0bPw
明治時代に開湯され、戦前は帝国陸軍の保養所にもなっていたそうだ。長万部駅から車で40分ほどの山奥の秘湯で、レンタカーでもない限り、行ったら最後2週間山から下りることもできず、私もお風呂に入る以外することはなかった。宿泊代は当時一泊3食付きで6000円~7000円前後、毎食お母さんたちが作る野菜、魚中心の手作り料理で、滞在期間が長いほど一泊分が割引になった。
2週間何をしていたかというと、
朝6時に起床したらそのまま目覚まし代わりに8時の朝食まで風呂に入り
朝食後、昼食の12時までお風呂に入る。
昼食後少し昼寝をして、15時頃になると夕食17時までお風呂に入る。
夕食が終わると、少しテレビを見て再び21時頃まで風呂に入る、の繰り返しで毎日8時間以上は湯につかっていた計算になる。
お風呂はすぐのぼせる性質なので、普段なら烏の行水なのだが、ここ二股温泉のお風呂は、屋外にも36度前後のぬるめの露天風呂があり、鳥のさえずりを聞き、風景を楽しみながらウトウトと何時間でも湯につかることができた。
お湯は源泉かけ流しで、施設裏手で44度くらいの源泉がふつふつと沸いてきてそれを湯増しすることなく直接パイプで浴槽まで引いて、段々畑のようになった浴槽に湯が上から下へと流れていく。一番下手にあるぬるい浴槽から最後は眼下にある河川に直接お湯は廃棄されているようで、常に新鮮なお湯だった。(自然に湧いたものをそのまま自然に戻すのだから問題はないだろう)
湯男が2人くらいいて、1日何度も湯の温度を測りに男湯女湯問わず客がいる浴場に入ってくる、隔日で湯船の清掃とお湯を総入れ替えする。
気を付けなければいけないのは決してこのお湯で洗髪しないことだ。洗ったら最後、湯の成分にたっぷり入っている石灰成分が髪の毛全体につき、たちまち毛髪がカチカチになる。だから洗髪は浴場内に設置されている冷たい水道水で洗うしかなかった。
昼間は地元の人も日帰りでくるので、同じ湯舟で話すこともあった。彼らによると、以前は日帰り入湯料は500円だったが、経営者が代わった途端1000円になった。新しい経営者は函館あたりでパチンコだか消費者金融だかをやっていて、奥さんが中国人らしい、とか。それでも彼らがやってくるのは、お湯の良さなのだろう。私もそれを聞いて気にはなったがお湯に罪はない。
2週間湯治してみて結果は?というと残念ながら肩こりがケロッと治ったということはなかった。だが少なくとも大自然の中で2週間、上げ膳据え膳で何もせずにひたすらぼーっとする時間を過ごせたことは幸せなことだし、身体全体は絶対ほぐれているはずだ。湯治中、あまりののんびりさに、ここに転職すれば毎日お風呂に入れるなとちょっと本気で思った。(実際に働いてみれば朝早くから夜遅くまで旅館は大変だと思う、浴槽の清掃やパイプの洗浄もすぐに石灰が付くから相当大変らしい)
時間ができたらまた訪れてみたい場所のひとつだ。願わくば今後もインバウンドがやってこない静かな場所であることを祈る。
http://www.futamata-onsen.com/quality/
ここを知ったきっかけは、東日本大震災の福島第一原発事故発生後に、放射線専門家が、放射能を過度に恐れてはいけない、ホルミシス効果と言って人には適度の放射能が必要であるとし、有名な鳥取県の三朝温泉以上のアルファ線量がある秘湯として紹介していたからだ。
https://www.youtube.com/watch?v=9xdfYuo0bPw
明治時代に開湯され、戦前は帝国陸軍の保養所にもなっていたそうだ。長万部駅から車で40分ほどの山奥の秘湯で、レンタカーでもない限り、行ったら最後2週間山から下りることもできず、私もお風呂に入る以外することはなかった。宿泊代は当時一泊3食付きで6000円~7000円前後、毎食お母さんたちが作る野菜、魚中心の手作り料理で、滞在期間が長いほど一泊分が割引になった。
2週間何をしていたかというと、
朝6時に起床したらそのまま目覚まし代わりに8時の朝食まで風呂に入り
朝食後、昼食の12時までお風呂に入る。
昼食後少し昼寝をして、15時頃になると夕食17時までお風呂に入る。
夕食が終わると、少しテレビを見て再び21時頃まで風呂に入る、の繰り返しで毎日8時間以上は湯につかっていた計算になる。
お風呂はすぐのぼせる性質なので、普段なら烏の行水なのだが、ここ二股温泉のお風呂は、屋外にも36度前後のぬるめの露天風呂があり、鳥のさえずりを聞き、風景を楽しみながらウトウトと何時間でも湯につかることができた。
お湯は源泉かけ流しで、施設裏手で44度くらいの源泉がふつふつと沸いてきてそれを湯増しすることなく直接パイプで浴槽まで引いて、段々畑のようになった浴槽に湯が上から下へと流れていく。一番下手にあるぬるい浴槽から最後は眼下にある河川に直接お湯は廃棄されているようで、常に新鮮なお湯だった。(自然に湧いたものをそのまま自然に戻すのだから問題はないだろう)
湯男が2人くらいいて、1日何度も湯の温度を測りに男湯女湯問わず客がいる浴場に入ってくる、隔日で湯船の清掃とお湯を総入れ替えする。
気を付けなければいけないのは決してこのお湯で洗髪しないことだ。洗ったら最後、湯の成分にたっぷり入っている石灰成分が髪の毛全体につき、たちまち毛髪がカチカチになる。だから洗髪は浴場内に設置されている冷たい水道水で洗うしかなかった。
昼間は地元の人も日帰りでくるので、同じ湯舟で話すこともあった。彼らによると、以前は日帰り入湯料は500円だったが、経営者が代わった途端1000円になった。新しい経営者は函館あたりでパチンコだか消費者金融だかをやっていて、奥さんが中国人らしい、とか。それでも彼らがやってくるのは、お湯の良さなのだろう。私もそれを聞いて気にはなったがお湯に罪はない。
2週間湯治してみて結果は?というと残念ながら肩こりがケロッと治ったということはなかった。だが少なくとも大自然の中で2週間、上げ膳据え膳で何もせずにひたすらぼーっとする時間を過ごせたことは幸せなことだし、身体全体は絶対ほぐれているはずだ。湯治中、あまりののんびりさに、ここに転職すれば毎日お風呂に入れるなとちょっと本気で思った。(実際に働いてみれば朝早くから夜遅くまで旅館は大変だと思う、浴槽の清掃やパイプの洗浄もすぐに石灰が付くから相当大変らしい)
時間ができたらまた訪れてみたい場所のひとつだ。願わくば今後もインバウンドがやってこない静かな場所であることを祈る。
個人商店を大事にしたい ― 2020年04月24日 20:35
武漢肺炎のために、主たる営業店舗がスーパーとドラッグストアになってしまうと、それ以外のものが必要になったときどうするか。100円ショップに売っているようなものであればそれでいいが、ちょっとしたこだわりのあるものが必要になったとき、困ってしまう。インターネットで買えば済むのかもしれないが、購入前に実際に手にして買うか買わないか確かめたいものもある。
例えば、最近必要になったものが
・針を使わないホッチキス
・A5サイズのファイルインデックス
・大判で薄手の楮(こうぞ)の和紙
・厚さ1ミリのボール紙で紙の目が横目のもの
だった。
どこかお店は開いていないか近所をうろうろしていたら○○紙店という個人商店を偶然見つけた。入ってみると半分が文具で、半分が事務用、学校用の各種紙類を販売していた。針を使わないホッチキスはあるにはあったが紙に穴をあけるタイプであり、私が欲しい紙を圧縮するタイプだった。楮の和紙とインデックスもなかったが、1ミリのボール紙は横目タイプで販売していた。その紙が横目か縦目かは実際手に取って曲げてみないとわからない。たかがボール紙だが紙の目を事前に確かめるのは通販では難しい。1枚25円で5枚買った。
更に、隣の駅の商店街まで足を延ばすと、○○文具店があった。探していた圧縮タイプのホッチキスとA5サイズのインデックスがあり即購入した。
薄手の楮和紙は、インターネットで都内にある店舗を調べ、武漢肺炎でも時短営業している創業100年の和紙専門店○○和紙を後日訪ね、実際に薄さを手で触って購入することができた。
和紙を購入した帰り道、思いがけない買い物ができた。○○商店と書いた店を通りかかった。興味本位で店内に入ると、あらゆる種類の接着剤と塗料を専門に販売している個人商店だった。女店主から「エタノール買いに来たの?77%は今品切れで、99%しかないけど」と声をかけられた。今、ドラッグストアで幻になっている消毒エタノールの99%(無水エタノール)を販売していたのだ。製本で使うボンドを買ったついでに、せっかくなので幻のエタノールも買った。一本一本無造作に新聞紙に巻かれたガラス瓶入りの500mlエタノールで1350円、地元の人もひとり、ふたりと店内に入ってきては闇市へ来たかの如く静かに買っては出て行った。
このように紙は紙屋、文具は文具店、ボンドは接着剤専門店と、非常事態下だからこそ、こういった個人専門店の有り難さが身に染みる。個人商店だからこそ、自宅兼店舗だろうから仮に営業自粛しても賃料の心配も少ないと思う。地方だけでなく、都会の個人商店も消えつつある近頃は、応援のつもりで近所にある八百屋、鮮魚店、豆腐屋、米屋、海苔屋、時計店を意図的に利用している。他にも、頻繁に行く機会はないが練り物屋、茶葉屋、手芸店、金物店、ふとん屋、靴屋、呉服屋もあるので何かの折には立ち寄ってみたいと思う。
やはり個人商店は貴重な存在である。
例えば、最近必要になったものが
・針を使わないホッチキス
・A5サイズのファイルインデックス
・大判で薄手の楮(こうぞ)の和紙
・厚さ1ミリのボール紙で紙の目が横目のもの
だった。
どこかお店は開いていないか近所をうろうろしていたら○○紙店という個人商店を偶然見つけた。入ってみると半分が文具で、半分が事務用、学校用の各種紙類を販売していた。針を使わないホッチキスはあるにはあったが紙に穴をあけるタイプであり、私が欲しい紙を圧縮するタイプだった。楮の和紙とインデックスもなかったが、1ミリのボール紙は横目タイプで販売していた。その紙が横目か縦目かは実際手に取って曲げてみないとわからない。たかがボール紙だが紙の目を事前に確かめるのは通販では難しい。1枚25円で5枚買った。
更に、隣の駅の商店街まで足を延ばすと、○○文具店があった。探していた圧縮タイプのホッチキスとA5サイズのインデックスがあり即購入した。
薄手の楮和紙は、インターネットで都内にある店舗を調べ、武漢肺炎でも時短営業している創業100年の和紙専門店○○和紙を後日訪ね、実際に薄さを手で触って購入することができた。
和紙を購入した帰り道、思いがけない買い物ができた。○○商店と書いた店を通りかかった。興味本位で店内に入ると、あらゆる種類の接着剤と塗料を専門に販売している個人商店だった。女店主から「エタノール買いに来たの?77%は今品切れで、99%しかないけど」と声をかけられた。今、ドラッグストアで幻になっている消毒エタノールの99%(無水エタノール)を販売していたのだ。製本で使うボンドを買ったついでに、せっかくなので幻のエタノールも買った。一本一本無造作に新聞紙に巻かれたガラス瓶入りの500mlエタノールで1350円、地元の人もひとり、ふたりと店内に入ってきては闇市へ来たかの如く静かに買っては出て行った。
このように紙は紙屋、文具は文具店、ボンドは接着剤専門店と、非常事態下だからこそ、こういった個人専門店の有り難さが身に染みる。個人商店だからこそ、自宅兼店舗だろうから仮に営業自粛しても賃料の心配も少ないと思う。地方だけでなく、都会の個人商店も消えつつある近頃は、応援のつもりで近所にある八百屋、鮮魚店、豆腐屋、米屋、海苔屋、時計店を意図的に利用している。他にも、頻繁に行く機会はないが練り物屋、茶葉屋、手芸店、金物店、ふとん屋、靴屋、呉服屋もあるので何かの折には立ち寄ってみたいと思う。
やはり個人商店は貴重な存在である。
かねてから世の中で気になること ― 2020年04月25日 20:43
以前から世の中で気になっていたことを備忘録で書き留めておく。
(思い出したら逐次追記)
・料理人が店先で煙草を吸っているのを見ると、厨房でもタバコ吸いながら料理作っているな、と入店を止める。
・店から出てきた料理人の白衣やエプロンが、最後いつ洗濯したのかと思うくらい濃厚な汚れがべっとりついているをみると、そこでは食べるまい、と思う。
・自宅待機でUBER EATS(ウーバーイーツ)のお兄さんたちが大忙しのようで結構なことだが、店側も客側も、そのお兄さんたちがどこのどなただかかよくわからないのに運搬仲介を頼むのだから性善説でないと恐ろしくて使えない。途中でつまみ食いされても、毒を盛られても、だれも責任が取れないし、追及できない。(蕎麦屋の店員が出前するのとは違う)
・肉屋で肉を頼んだらサージカル手袋をつけた店員がその場で1枚1枚肉を切ってくれ衛生的でいいな、と思ったのも束の間、その手袋をつけたまま私の代金を受け取りお釣りを出したとき、前の客ともその手袋で金銭のやり取りして私の肉を切ったのではあるまいな?と急に不安になる。
・ジムのランナーやベンチプレスなどで多くの人が発散しているエネルギーを電力に変換して、ジムで必要な電気を賄えばいいのに、と思う。
・車内で老若男女が皆熱心にスマホをいじる姿を見ると、その熱心さでスマホを書籍に変えれば、日本の国民全体のレベルが上がるのにと思う。
・ラジオの「子供電話相談室」で、先生が色々回答していいるのに、「うん、うん」「わかった」とか相槌をうち、「はい」「わかりました」
と返事できない子供。子供の返事ひとつで、親のしつけの差がでる。
(思い出したら逐次追記)
・料理人が店先で煙草を吸っているのを見ると、厨房でもタバコ吸いながら料理作っているな、と入店を止める。
・店から出てきた料理人の白衣やエプロンが、最後いつ洗濯したのかと思うくらい濃厚な汚れがべっとりついているをみると、そこでは食べるまい、と思う。
・自宅待機でUBER EATS(ウーバーイーツ)のお兄さんたちが大忙しのようで結構なことだが、店側も客側も、そのお兄さんたちがどこのどなただかかよくわからないのに運搬仲介を頼むのだから性善説でないと恐ろしくて使えない。途中でつまみ食いされても、毒を盛られても、だれも責任が取れないし、追及できない。(蕎麦屋の店員が出前するのとは違う)
・肉屋で肉を頼んだらサージカル手袋をつけた店員がその場で1枚1枚肉を切ってくれ衛生的でいいな、と思ったのも束の間、その手袋をつけたまま私の代金を受け取りお釣りを出したとき、前の客ともその手袋で金銭のやり取りして私の肉を切ったのではあるまいな?と急に不安になる。
・ジムのランナーやベンチプレスなどで多くの人が発散しているエネルギーを電力に変換して、ジムで必要な電気を賄えばいいのに、と思う。
・車内で老若男女が皆熱心にスマホをいじる姿を見ると、その熱心さでスマホを書籍に変えれば、日本の国民全体のレベルが上がるのにと思う。
・ラジオの「子供電話相談室」で、先生が色々回答していいるのに、「うん、うん」「わかった」とか相槌をうち、「はい」「わかりました」
と返事できない子供。子供の返事ひとつで、親のしつけの差がでる。
人間界は閑古鳥~鳩とスズメ ― 2020年04月26日 08:56
小池東京都知事の再三にわたる外出自粛要請がやっと効いてきたのか、4月25日土曜日の水道橋はお天道様がとっくに真上に昇っている時間でも早朝のような静けさを保っていた。
製本教室に行く前にいつも時間調整するのに立ち寄るマクドナルドも、先日から持ち帰りのみになり、店内で座って飲食できなくなったので、いつもならそこそこ並んでいるマックも、今日は買いに来る人もいない。
東京ドームがある水道橋の大きな交差点付近の歩道は、いつもなら人間様が忙しそうに往来しているのだが、飲食店のゴミも出ないから天敵のカラスもやってこないのか、今日は鳩たちが安心しきってゆったりと日向ぼっこしている。
近くにベンチもないので、植木の囲いの上に荷物を置いて中身を整理しようとカバンをごそごそし始めたら、子スズメが近づいてきて私のほうをじーっと見る。いつもなら待ち合わせやおしゃべりで大勢の人間様が植木の囲いに座って、スズメらに手持ちのスナックでも与えていたのかもしれない。最近は人がすっかりいなくなったので、私がカバンをごそごそし始めたから、何かもらえると思って近づいてきたのだろう。私の様子をうかがって何も持っていないことを知ると、子スズメは去っていった。
人間界は「閑古鳥」、自然界は鳩とスズメがのんびりムードだ。
製本教室に行く前にいつも時間調整するのに立ち寄るマクドナルドも、先日から持ち帰りのみになり、店内で座って飲食できなくなったので、いつもならそこそこ並んでいるマックも、今日は買いに来る人もいない。
東京ドームがある水道橋の大きな交差点付近の歩道は、いつもなら人間様が忙しそうに往来しているのだが、飲食店のゴミも出ないから天敵のカラスもやってこないのか、今日は鳩たちが安心しきってゆったりと日向ぼっこしている。
近くにベンチもないので、植木の囲いの上に荷物を置いて中身を整理しようとカバンをごそごそし始めたら、子スズメが近づいてきて私のほうをじーっと見る。いつもなら待ち合わせやおしゃべりで大勢の人間様が植木の囲いに座って、スズメらに手持ちのスナックでも与えていたのかもしれない。最近は人がすっかりいなくなったので、私がカバンをごそごそし始めたから、何かもらえると思って近づいてきたのだろう。私の様子をうかがって何も持っていないことを知ると、子スズメは去っていった。
人間界は「閑古鳥」、自然界は鳩とスズメがのんびりムードだ。
和本の豆本を作ってみた ― 2020年04月26日 18:55
ゴールデンウイークに入り、宅配業者の方は普段以上に忙しく、
申し訳ないと思いながら、私は病気にかからないことが仕事になっている。
外出自粛対策で、ある製本工房が無料でUPしている和本の豆本製作のサイトを見つけたので自宅で作ってみた。
https://marumizu.ocnk.net/page/51
道具は、カッターと針と糸とノリさえあれば大丈夫。
原稿はPDFですべて揃えてくれているので画像をカラーで出力し
切って、折って、重ねて、穴あけて、縫ったら出来上がった。
花札のほうの和本は、見返し(表紙の内側)が疫病除けのアマビエ(半人半魚の日本の妖怪)になっているので、武漢肺炎除けのお守りにいいかもしれない。なかなか粋でしゃれている。
第2弾は、鳥獣戯画のミニ巻物だとツイートされていたので、楽しみにしている。
申し訳ないと思いながら、私は病気にかからないことが仕事になっている。
外出自粛対策で、ある製本工房が無料でUPしている和本の豆本製作のサイトを見つけたので自宅で作ってみた。
https://marumizu.ocnk.net/page/51
道具は、カッターと針と糸とノリさえあれば大丈夫。
原稿はPDFですべて揃えてくれているので画像をカラーで出力し
切って、折って、重ねて、穴あけて、縫ったら出来上がった。
花札のほうの和本は、見返し(表紙の内側)が疫病除けのアマビエ(半人半魚の日本の妖怪)になっているので、武漢肺炎除けのお守りにいいかもしれない。なかなか粋でしゃれている。
第2弾は、鳥獣戯画のミニ巻物だとツイートされていたので、楽しみにしている。
[●] 祝 昭和の日~昭和天皇をしのぶ~ ― 2020年04月28日 21:25
本日4月28日は敗戦後GHQに占領されていた日本がサンフランシスコ講和条約発効により主権回復した日であり、明日4月29日は「昭和の日」でありかつては昭和天皇の誕生日であった。
昭和の時代は、満州事変から大東亜戦争、米国との開戦から敗戦を経て戦後復興と高度経済成長まで、まさに激動の時代であった。
昭和天皇もこの大変な時代に様々な大きな決断をし、ご苦労も多かったと思うが、常に国民とともに生きておられたことが終戦の御詔勅や敗戦後のマッカーサーとの会見でもでもうかがえる。
https://www.youtube.com/watch?v=inE1DSH0jrk
昭和の日に際し、手元にある修理予定の本の中から
幼き昭和天皇のお写真を見つけたのでここに昭和天皇への感謝も込めて掲示する。
出典は
『明治大正昭和 國史寫眞大鑑』
昭和9年4月 明治天皇御寫眞帖刊行会発行
他にも御父上である大正天皇や幼き弟君の秩父宮殿下とご一緒の写真もある。
私が子供頃の老人世代はほとんどが明治生まれで、「明治・大正・昭和」と3世代を生きてこられてすごいな、と思ったものだが、そういう私も「昭和・平成・令和」の3世代を生きていく世代となった。しかも始まったばかりの令和の世は武漢肺炎に水をさされ、世界恐慌の様相を呈してきており、これまで想像すらできなかった様々な陰謀や画策が世界中で渦巻いている。それに備え対抗するためにも、内部分裂している場合ではなく日本全体も心を一つにして挑まねばならない。外国では、自国を大事に思うpatriotism「愛国」という点では、左派も右派もない。
昭和の時代は、満州事変から大東亜戦争、米国との開戦から敗戦を経て戦後復興と高度経済成長まで、まさに激動の時代であった。
昭和天皇もこの大変な時代に様々な大きな決断をし、ご苦労も多かったと思うが、常に国民とともに生きておられたことが終戦の御詔勅や敗戦後のマッカーサーとの会見でもでもうかがえる。
https://www.youtube.com/watch?v=inE1DSH0jrk
昭和の日に際し、手元にある修理予定の本の中から
幼き昭和天皇のお写真を見つけたのでここに昭和天皇への感謝も込めて掲示する。
出典は
『明治大正昭和 國史寫眞大鑑』
昭和9年4月 明治天皇御寫眞帖刊行会発行
他にも御父上である大正天皇や幼き弟君の秩父宮殿下とご一緒の写真もある。
私が子供頃の老人世代はほとんどが明治生まれで、「明治・大正・昭和」と3世代を生きてこられてすごいな、と思ったものだが、そういう私も「昭和・平成・令和」の3世代を生きていく世代となった。しかも始まったばかりの令和の世は武漢肺炎に水をさされ、世界恐慌の様相を呈してきており、これまで想像すらできなかった様々な陰謀や画策が世界中で渦巻いている。それに備え対抗するためにも、内部分裂している場合ではなく日本全体も心を一つにして挑まねばならない。外国では、自国を大事に思うpatriotism「愛国」という点では、左派も右派もない。



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