勝海舟のいたずら書き ― 2020年11月05日 00:00
勝海舟と言えば、西郷隆盛との無血開城で有名な歴史的人物だ。勝海舟と徳富蘇峰の父親が同じ師匠の元で兄弟弟子であったことから、徳富蘇峰が住んでいた大田区の山王草堂には勝海舟が徳富蘇峰にあてた直筆の手紙が展示されていた。
この手紙は、日清戦争で日本が獲得した遼東半島が三国干渉により手放すことになった前後の時期に、徳富蘇峰はそれを知らずに支那大陸を訪問し、帰国後日本が遼東半島を失ったことを知り意気消沈し床に伏した。それを、勝海舟から元気を出せともらった手紙だ。手紙の最後に、勝海舟の肉筆による逆さ絵が筆で描かれている。怒っている人の顔を逆さにすると笑っているように見え、周りには文字が書いてある。
閉口似怒、開口如咲
世情看冷暖、人面逐高低
(意味:口をつむれば怒っているよう、口を開ければ笑っているよう、
人情には冷たさ温かさがあり,顔色は相手の地位によって使い分けるもの)
この絵の原典をしらべていたら国会図書館蔵書から山崎美成編の『賀春禧単』からよく似た絵が出てきた。編者は毎年正月に、めでたい書画や器物の縮図等に解説(漢文体)を添えて刷物にして友人に贈った。それをまとめて冊子にしたもので、文政6年より天保7年の分が収められている。勝海舟は蘇峰を励ますためにこうした江戸の世の流行り絵を模倣して描いたのだろう。
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2538909
この手紙は、日清戦争で日本が獲得した遼東半島が三国干渉により手放すことになった前後の時期に、徳富蘇峰はそれを知らずに支那大陸を訪問し、帰国後日本が遼東半島を失ったことを知り意気消沈し床に伏した。それを、勝海舟から元気を出せともらった手紙だ。手紙の最後に、勝海舟の肉筆による逆さ絵が筆で描かれている。怒っている人の顔を逆さにすると笑っているように見え、周りには文字が書いてある。
閉口似怒、開口如咲
世情看冷暖、人面逐高低
(意味:口をつむれば怒っているよう、口を開ければ笑っているよう、
人情には冷たさ温かさがあり,顔色は相手の地位によって使い分けるもの)
この絵の原典をしらべていたら国会図書館蔵書から山崎美成編の『賀春禧単』からよく似た絵が出てきた。編者は毎年正月に、めでたい書画や器物の縮図等に解説(漢文体)を添えて刷物にして友人に贈った。それをまとめて冊子にしたもので、文政6年より天保7年の分が収められている。勝海舟は蘇峰を励ますためにこうした江戸の世の流行り絵を模倣して描いたのだろう。
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2538909

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