「士農工商」の生き方2020年06月15日 00:12

士農工商の生き方
江戸時代にあった「士農工商」の身分制度を自分の人生に当てはめてみた。各分野で使う脳みそや向き合い方が微妙に違うことを感じる。

「商」・・・学校を卒業後これまで会社員として「商人」の人生だった。お客様という対象がいて、こちらが提供するサービス・商品の対価としてお金を頂戴し生活の糧にしてきた。商売なので、より多くの収益を得るために自分がどうすべきかということが常に頭の中にあった。
「士」・・・自分の趣味、会社への還元という経過でこれまで学んできた中国語を今度は国家の為に少しでもお役に立てられないかと思い、中国駐在から戻り自衛隊に関わるようになった。これはお金の為でもなく、いざとなれば命の危険が伴うことも受け入れているつもりだ。また国民として政府や国会議員にメールで意見をしたり、当ブログを発信しているのも、自分の為だけではないという点では「士」の一環かと思う。
「工」・・・手製本技術の手習いを通じて「工」の独自性に気付かされた。「工」は「商」と違ってある意味採算度外視で、まず自分の技術を使って如何に完全で丈夫なものを作るかが第一の目的である。作ったものにあとから値段が付いてくる。手製本を通じて、目の前にある本を丈夫で自分好みの形に修復しどう愛蔵書に変身させるかを考える一方、コンマ1ミリの違いで仕上がりが大きく違ってくる匠の世界で、自分の仕事に対する向き合い方がそのまま製作物に反映してしまう自己鍛錬の分野ともいえる。
「農」・・・これはまだ経験がない。ベランダで種をまいて育てようとするが成功したためしがない。物言わぬ植物や動物にどれだけ寄り添えるかということだろう。晴耕雨読と言われるように、今後の人生のステージでは是非やってみたい分野である。

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